残念ながら、原始地球の大気に「メタンありき」は、思い込みだった…衝撃的だった「ミラーの実験」が残した「1つの功績と2つの罪」
太陽光を想定したカール・セーガンの実験
次に考えられたエネルギーは、太陽光です。原始地球上で最も大きいエネルギー源は、太陽でした。 太陽はスペクトル型ではG型星に分類される、宇宙でありふれた星で、核融合により巨大なエネルギーを生みつづけています。そのほとんどは可視光と赤外線で、これらは大気の分子の反応には、ほとんど寄与しません。反応に関係するのは主に紫外線ですが、そのエネルギー総量は雷や火山のエネルギーをはるかに凌駕します。 コーネル大学のカール・セーガン(1934~1996)たちは、ミラーの実験などに使われたのと同様の混合ガスに紫外線を照射して、アミノ酸をつくろうとしました。しかし、アンモニアは紫外線を吸収しますが、メタンや水蒸気は紫外線をほとんど吸収しません。つまり、メタン・アンモニア・水だけでは、紫外線を当ててもあまり反応しないのです。 そこでセーガンたちは、紫外線を吸収する硫化水素を混合ガスに加えて、反応させてみました。その結果、やはりアミノ酸を合成することに成功したのです。 このほかのエネルギー源としては、地殻中に含まれる放射性元素から出る放射線や、隕石が衝突したときに生じる衝撃波などを模したエネルギーを同様の混合ガスにぶつけて、アミノ酸ができたという報告もありました。 なんのことはない、アミノ酸は意外にも簡単にできることがわかってきたのです。
ミラーの実験の「功罪」
ミラーの実験の意義はなんといっても、アミノ酸という生命に直結する分子が、単純なガスを混ぜて火花を飛ばすだけでできてしまうこと、つまり、化学進化が実験室で再現できることを示した点にあります。 オパーリンやホールデンが生命の起源を考えはじめた1920年代には、それが実験科学になりうるなどとは、考えられてもいませんでした。いうなればミラーの実験は、一種の「コロンブスの卵」であり、それを知った多くの科学者たちを、生命の起源研究に誘い入れました。これがミラーの最大の功績といえるでしょう。 しかし、その一方では、「罪」もありました。メタン・アンモニアを使った実験がうまくいったため、「原始地球大気にはメタン・アンモニアが多く含まれていたはずだ」という思い込みに多くの科学者がとらわれたのです。 原始大気の組成についてはミラーの実験のあともさまざまな議論が続いていたにもかかわらず、化学進化実験においては以後、およそ30年間も、メタンを多く含むガスを使うのが常道となりました。これがミラーの実験の1つ目の罪です。