妻子失い「ずっと悲しみと生きるしか」がれきになった輪島の自宅跡で
能登半島地震で妻子を失った楠健二さん(56)は1日午後、ビルの解体が進む石川県輪島市中心部のがれきの上にいた。この場所に1年前まで、夫婦で営む居酒屋「わじまんま」と自宅があった。 【写真】妻の由香利さんと長女の珠蘭さんが亡くなった店舗跡を訪れた楠健二さん。現場では、倒壊したビルの公費解体が進んでいた=2025年1月1日午後2時17分、石川県輪島市河井町、伊藤進之介撮影 「割れたグラスが見えたからさ。ここにわじまんまがあったんだなって、改めて思ったな」 隣接する7階建てビルが地震で倒れ、自宅兼店舗が下敷きとなった。妻の由香利さん(当時48)と長女の珠蘭(じゅら)さん(当時19)が亡くなった。 この日、楠さんは次女とともに現場を訪れ、線香に火をつけ、しゃがみこんで手を合わせた。 由香利さんには「苦しめてごめん」、珠蘭さんには「絶対助けてやるからなって言ったのに、ごめん」とわびた。がれきに挟まれた2人は、楠さんの目の前で息絶えた。手を合わせるときはいつも、同じ言葉で謝っている。 地震後、かつて家族で暮らしていた川崎市に次女や次男と転居した。 元日は輪島に行こうと思っていたが、2日前の12月30日に40度を超える熱が出た。 「天国の女房と娘がさ、行かなくていいよって言ってんじゃねえかなって思った」という。 それでも体調と相談し、家族の思い出が詰まった場所に帰ってきた。 「命日だから、そこにいなきゃいけないっていうのは当然。来てよかったよ」と語る。 あの日から1年。 「これからも、どれからも、何もなくて、当然このままずっと、この悲しみを抱えながら生きていくしかない」とこぼした。(椎木慎太郎)
朝日新聞社