古代ローマの俗説8選、「剣闘士は死ぬまで戦った」「吐いては食べた」は本当か
映画やゲームであなたが知った話は事実なのか、「暴君ネロは炎上するローマでバイオリンを奏でた」も
ハリウッドの大ヒット映画やビデオゲームなど、古代ローマはポップカルチャーで根強い人気を誇るテーマだ。ローマ帝国は、紀元前31年に誕生して以来、地中海沿岸地域とその周辺に影響力を及ぼした。 ギャラリー:古代ローマの剣闘士の真実 写真と絵22点 だが、もし、私たちが古代ローマについて知っていると思っていること、つまり、闘技場の死闘や大理石の彫像などが、事実ではなく作り話だとしたら? 必ずしも命がけではなかった剣闘士の戦いや嘔吐場といわれる場所の本当の目的など、古代ローマに関する8つの俗説の真相を探っていこう。
俗説1:剣闘士は死ぬまで戦っていた
映画では「殺すか、殺されるか」で描かれる剣闘士(グラディエーター)の戦いだが、すべての試合で死ぬまで戦っていたわけではない。歴史学者のギャレット・ライアン氏は、著書『Naked Statues, Fat Gladiators, and War Elephants(裸の彫像、太った剣闘士、戦う象)』において、剣闘士が試合で死ぬケースは5分の1程度だったと推定している。 要するに、闘技場で戦士を死なせるのは割に合わなかったのだ。死んだ剣闘士はお金を稼げない。剣闘士の一団を所有し、派遣し、養うラニスタ(剣闘士の養成家)にとって、剣闘士の死は経済的損失だ。 とはいえ、剣闘士の戦いに危険がないわけではない。戦いはどうしても流血を伴い、どの試合でも、剣闘士が重傷を負ったり、それがもとで危険な感染症にかかったりすることも珍しくはなかった。
俗説2:食べたごちそうを吐く部屋があった
古代ローマ人は美食に溺れていたというのが一般的なイメージだ。過食な彼らが、胃をからにしてまた食べられるよう、屋敷には特別な部屋「嘔吐場(ヴォミトリウム)」があったという。 ヴォミトリウムはたしかに存在していた。だが、嘔吐とは全然関係がない。ヴォミトリウムは円形競技場や闘技場の建築的特徴のひとつで、観客がスムーズに建物に出入りできるようにするための空間だった。
俗説3:古代ローマの彫像といえば白
古代ローマの彫像というと、たいていの人は、滑らかな白い大理石で作られ、静かにたたずむ姿を思い浮かべる。しかし、その白い外観は、芸術の賜物ではなく、偶然の産物だ。 古代ローマの世界は色彩豊かだった。それは胸像も彫刻も同じだ。芸術家は大理石の作品に鮮やかな色を何層にも塗り重ね、肌の色からもみあげまで、ありとあらゆるものを表現しようとした。時間の経過とともに色があせ、彫像は現在の、色味のない外観になった。