「ここらで一発、大ヒットが欲しくなった」 天才・大滝詠一の永遠の傑作『A LONG VACATION』レコーディング秘話【年末に聴きたい名盤】
1980年、『A LONG VACATION』レコーディング開始
1980年、コロムビア・レコード(当時)からCBSソニー(当時)に移籍。『ロング・バケイション』のレコーディングに取り掛かる。 "コロムビアよりメジャーなCBSソニーに移って、ヒット狙いを初めて意識したんだ。それまでのナイアガラ・レーベルでの音楽は、自分の趣味趣味音楽だったんだね。それで食えていたから。それはそれで良かったんだけど、ここらで一発、大ヒットが欲しくなった。それが『ロング・バケイション』だったわけだ" 『ロング・バケイション』ヒット後のインタビューでそう語っていた。 世のレコーディングする数多くのミュージシャンはヒットを願って楽曲制作する。それは祈りに近い。が、大滝詠一は祈ることなく強い確信のもと、世に『ロング・バケイション』を送り出し、そして大ヒットとなった。 ヒットを狙って、ヒットを作れる。だから大滝詠一は天才なのだ。
「君は天然色」のイントロのピアノ
『ロング・バケイション』は1980年からレコーディングが始まった。その年の夏、ぼくは当時、六本木にあったCBSソニーのレコーディングスタジオに当時の人気バンド『一風堂』のリーダー、土屋昌巳のインタビューのために出かけた。土屋昌巳が隣のスタジオで大滝詠一がレコーディングしていると教えてくれた。 そこでインタビュー前、カメラマンが土屋昌巳を撮影している間、大滝詠一を訪ねた。 "今、アルバムの中で肝の曲をレコーディングしているんだ。そう言って大滝詠一は後に大ヒットとなる「君は天然色」のイントロ部分のピアノの音を聴かせてくれた。"何か、何度やってもこのピアノの響きが満足できないんだよ" スタジオにはメジャーのピアノの音が響いていた。 約1時間半後、土屋昌巳と別れを告げ、再び隣のスタジオに赴いた。驚いたことにまだスタジオではDメジャーのピアノ音が響いていた。 "どうしてもイントロがしっくりこないん だ。ヒットを狙うというのは完璧でなければ駄目なんだ。エンジニアや参加ミュージシャンがどう言おうとプロデューサーでもある自分が納得しなきゃレコーディングは成立しないんだよね" そう大滝詠一は言った。 『ロング・バケイション』というと、ぼくは1980年の六本木の夏の青空をいつも想い出す。 ■『A LONG VACATION』(ア・ロング・バケイション) 1、君は天然色 2、Velvet Motel 3、カナリア諸島にて 4、Pap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語 5、我が心のピンボール 6、雨のウェンズデイ 7、スピーチ・バルーン 8、恋するカレン 9、FUN×4 10、さらばシベリア鉄道 岩田由記夫 1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo(グッドストックトーキョー)」で、貴重なアナログ・レコードをLINN(リン)の約400万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。近著は『岩田由記夫のRock & Pop オーディオ入門 音楽とオーディオの新発見(ONTOMO MOOK)』(音楽之友社・1980円)。