白石康次郎、変わらないのは『情熱に真っすぐ』…「御恩と奉公」をテーマに過酷なヨットレースに再び挑む
海洋冒険家の白石康次郎(57)=DMG MORI SAILING TEAM=がフランス西部を発着点とし、単独無寄港無補給で世界一周する過酷なヨットレース「バンデ・グローブ」に参戦する。2020~21年の前回大会ではアジア勢で初完走となる16位に入った。今大会は10日にスタート。本場のフランス人をも驚かせるサムライ・セーラーが世界5周目に掲げるテーマは「御恩と奉公」だった。 初めてかもしれない。真剣なまなざしで「御恩と奉公」を口にする人を見るのは。令和の時代に、歴史の授業で習ったワードがよみがえった。“サムライ・セーラー”の白石は、新たな世界一周挑戦に向けて言った。 「御恩と奉公。出された天命に全力を尽くす。今までは『人事を尽くして天命を待つ』。これからは『天命に対して人事を尽くす』って感じかな。心の羅針盤は、そこに向かっている」 4年前の前回大会。港に寄らず、食料補給も行わない最も過酷といわれるヨットの世界一周レースを16位でフィニッシュした。アジア勢初の記録は94日21時間32分56秒。四半世紀以上をかけた人生の夢を達成した。 終着地点の港に到着した2021年2月11日の2日後。セーリングチームの森雅彦オーナーから「次は16位の半分の8位でいこう」と“天命”が下った。白石は、いたずらっぽい笑みを含みながら言う。
「『もうゆっくり休んでいいよ』と言われるかと思ったら『8位』って。94日間レースして休みはたったの2日。でも、オーナーには(今後については)『お好きにどうぞ』と言っていた。武士に二言はないから、言われたらやる。シンプルです」 4年前はレース序盤に動力の源の帆が破れながらも、持ち前の不屈の精神を発揮して修理し、絶体絶命の窮地を乗り越えた。フランスでは常識を覆した「奇跡」とたたえられ、夢はかなえた。それでも、「スタートしたら一刻も早く陸に上がりたい」という過酷なレースに再び挑む。熱源は何か。白石はこう切り出した。 「お金持ちの家でもない。学校の成績が良いわけでも、英語もフランス語も話せない。今も船酔いをして、ヨットのセンスもない。その僕がバンデ・グローブの舞台に立てて、これだけのチームをつくっていただいた。奇跡です」 森オーナーとの出会いは18年夏。白石は個人で、クラウドファンディングなどで資金を集めて16年大会に初出場したが、南アフリカ沖で中古艇のマストが折れて棄権した。それでも「負けたヨットを見せる」と2年後に日本ツアーを開催、そこで出会い、共鳴した。 「恩返しであり、僕の望み。自然界でも花だけを咲かせばいい花なんてない。咲かしたら必ず実をつけるでしょ。それが落ちて、朽ちて、次の芽を出す。チームには若手やアカデミー生もいる。僕が最前線のレースに出ることで最新艇のデータ、ノウハウが残る」 日仏の歴史、文化の違いも“エスプリ”として付け加えた。「これはフランス人に言ってもわからないんですよ。『人の言うことなんて聞く必要ない』って。(革命で)王様を処刑した歴史がある国。でも、僕は違う。“王様”に手厚いものをもらった。だから、御恩と奉公」。屈託のない笑顔を見せたが、目は真剣だった。 そして、単独無寄港のレースは白石の武士道にとっても貴重だという。たったひとりの時間。SNSで「いいね」を意識し、「コスパ」「タイパ」などの言葉が飛び交う時代に異質な時間を過ごす。