「医師の定員増」に韓国の医師が強く反発するワケ
ただ、尹錫悦大統領はもともと政治的な計算よりも保守派のイデオロギーを重視しているように思える。 徴用工訴訟をめぐる日本との対立も、野党やメディアからどう叩かれようと日本に譲歩する解決策を打ち出したこと1つをとっても、「支持率よりも日本そしてアメリカとの関係を固めて北朝鮮への圧力強化」という保守派スタンス全開の結果だ。 また、歴代の保守派政権と同様、労働組合や今回のような「組合的な動き」は力で抑える傾向が強い。尹大統領は就任1年目に韓国で最も戦闘的な組合として名を轟かせる民主労総と全面対決し、運送業界の組合のストを北朝鮮の核開発に例えるような発言をして物議を醸した。
尹大統領に対する批判としてよく聞くのが、進歩派の人たちを北朝鮮に盲目的に従う「従北派」とみなして国民の分断を煽っている、ということ。今回の医療界との対立でも北朝鮮を引き合いに出すことを述べれば、その影響はどう転ぶかわからない。 このように、韓国中の病院から医師たちが消えている背景には医学部定員「2000人増」をめぐる立場の鮮明な違いがあるわけだが、その「2000人」には早くも熱い視線が注がれている。
■それでも消えない「わが子は医学部に」 2024年3月22日付の全国紙『ハンギョレ』によれば、尹政権が「2000人」の大部分を地方大学に割り当てようとしていると知り、小学生の親から学習塾に「今のうちから子どもを地方に『留学』させたほうがいいでしょうか」という問い合わせが相次いでいるとのことだ。 あまりに気が早いのでは、と笑ってしまったが、医師たちの職場放棄を「無責任だ」と批判しつつ、わが子は医師にしたい親がいかに多いかを物語っている。「医学部信仰」とでもいえる風潮だが、これは日本でも見られる。そういう観点からも、韓国で続く医療現場の混乱をウォッチする価値はありそうだ。
池畑 修平 :ジャーナリスト、一般財団法人アジア・ユーラシア総合研究所理事