『ガルクラ』『ヨルクラ』『数エール』『ぼざろ』 表現者の苦悩を描くアニメが大ブームに
絵を描くこと。アニメーションを作ること。歌を唄うこと。音楽を奏でること。世の中にはさまざまな表現があって、大勢の表現者たちが挑んでは作品を生み出し、受け取る人たちに感動を与えている。そうした循環から浮かぶのが、何のために表現を続けているのかという問いだ。褒められたいから? 誰かを喜ばせたいから? 表現したいからといった衝動も含まれるその答えについて、考えるきっかけをくれるアニメが今、劇場やテレビに幾つも登場して、クリエイティブな活動に関心を持つ人たちに強い刺激を与えている。 【写真】『ガールズバンドクライ』11話はみんなが“中指”を立ててきた神回(写真複数) 絵を描くことに自信を失っていた少女と、アイドルを辞めた少女が出会う『夜のクラゲは泳げない』。父親から逃げるように上京して来た少女が、ロックバンドを組んで歌い始める『ガールズバンドクライ』。MVを作り始めた少年が、路上で耳にした女性シンガーの歌に感動してMVを作りたいと申し出る『数分間のエールを』。どれも、何かを表現しようとして頑張り、時に挫折を味わいながらそれでも進んでいこうとする表現者たちを描いたアニメ作品だ。 ■『夜のクラゲは泳げない』 『夜のクラゲは泳げない』の場合は、自分の絵を否定されて描けなくなっていた光月まひるが、元アイドルで今は覆面アーティスト「JELEE」として活動する山ノ内花音から認めてもらったことで自信を取り戻し、止まっていた時間が動き出す。まひるが絵を描き花音が唄い、そこに、VTuverとして活動していた真昼の幼なじみの渡瀬キウイや、ピアニストとして期待されていた高梨・キム・アヌーク・めいが、映像編集や作曲の才能を持ち寄ることで、「JELEE」の人気は高まっていく。 ネット時代ならではのサクセスストーリーとも言えそうな展開だが、まひるが自分の絵をカバーした有名絵師が賞賛を浴びる状況に悔しさを覚えるのも、送り手と受け手がダイレクトにつながりやすいネット時代ならではのエピソード。アナログ時代以上に誰かと比べられやすい表現者としての苦悩を乗り越えるために、まひるがもっと上手くなろうと頑張る展開が、同じような悩みをかかえていた人に立ち止まらず、諦めないで進み始める勇気を与える。 ■『響け!ユーフォニアム3』 同じことは、武田綾乃の小説を原作にしたTVアニメ『響け!ユーフォニアム3』にも言える。弱小だった北宇治高校の吹奏楽部に入った黄前久美子が、部活動を通して様々な人と出会い、音楽に向き合っていく成長ストーリーを描いたアニメシリーズの最新作。部長になり3年に進級した久美子が、さまざまな問題に直面して思い悩む。 とりわけ吹奏楽の名門校から転校してきた、同じ3年でユーフォニアム担当の黒江真由との関係は、音楽というものに対する久美子のスタンスに、改めて固い芯のようなものを通すことになる。吹奏楽コンクールの関東大会でソロパートを真由に奪われた久美子が抱いた葛藤は、どれほどのものだったのか。上手い真由が吹いて全国大会で金賞を獲得できれば部活動としては大成功。けれども、自分が吹いて金賞を取り、共に歩んできたトランペットの高坂麗奈に認められたい気持ちは捨てられない。 ■『ガールズバンドクライ』 誰のために、何のために表現するのかといった問いへの答えを、久美子がどのように見つけ出すのかを、クライマックスの展開から確かめたい。この『響け!ユーフォニアム3』と同じ花田十輝が脚本を手がけるTVアニメ『ガールズバンドクライ』の方は、5人の主要な登場人物が、それぞれに感じている音楽や表現に向き合う気持ちが描かれていて、音楽に限らず何かに取り組んでいる人なら、心惹かれる誰かを見つけ出すことができる。 若い人なら井芹仁菜。虐めを受けていた自分に誰も味方してくれない故郷を飛び出し、川崎に来て大好きだったバンドのメンバーだった河原木桃香と出会った仁菜は、故郷に帰ろうとしていた桃香を必死で引き留めようとする。そして一緒にバンドを始めるかというと、最初のうちは自分には勉強があると言って逃げようとし、ドラムとして参加してきた安和すばるとも壁を作って打ち解けない。 歌いたい気持ちはあっても本気を出していいのかと悩み、及び腰になる感覚は、何かを始めようとして始められない人に共通のもの。これを乗り越え予備校も辞めて音楽に向き合おうとする仁菜に、悩む若者なら確実に惹きつけられる。音楽を愛する余りに中途半端な態度が許せず、バンドを組んでは脱退を繰り返していた海老塚智にも、祖母の勧めで演劇を学びながらバンドに加わる安和すばるにも、それぞれに表現することへの思いがある。自分と照らし合わせて共感したり、反発したりできるだろう。 桃香が抜けたあと、アイドル路線を歩んで人気の頂点を目指そうとしているダイヤモンドダストにも、そこまでして表現を続けたい意思がある。自分たちを認めてもらいたいという思い。誰かに喜んでもらいたいという願い。表現に携わる人たちが抱くそうした思いの数々を、様々な角度から掬い取ろうとしているから、『ガールズバンドクライ』は幅広い層の支持を集めて人気となった。 ■『数分間のエールを』 自信と葛藤のぶつかり合いは、これも花田十輝脚本によるアニメ映画『数分間のエールを』からも感じ取れる。自分が作るMVが誰かの応援になっていると信じて突っ走る高校生の朝屋彼方の前向きさはクリエイターに必要な資質だが、路上ライブで感動した織重夕の歌にMVを付けたいと願い出て、実際に作った作品に下ったある評価は、突っ走ってばかりの彼方を迷わせる。 それでも、どうして芳しい評価を得られなかったのかを知り、相手が求めるMVをしっかりと作り上げる彼方には、借り物の音楽に映像を付けて喜んでもらうことが目的のMVクリエイターに学びをもたらす。一方で、依頼者ですら気づかなかった音楽の魅力や見方を掘り起こして提示する創造力の必要性も示されて、表現する行為の幅広さを改めて認識させる。 どこからも作った楽曲を認められず、音楽をやめると決めて愛用のギターを売ろうとしていた夕や、中学時代に県知事賞を受賞するくらい才能のある絵を捨て、大学進学の勉強を始めていた外崎大輔のように、なりたいと望んでも届かない場所があることも示される。それもひとつの生き方だが、誰かによって励まされることでもう一度、始めてみようと思えることも同時に示される。認められたいから続けるのではなく、やってみたいからやるのだという表現者の神髄に、触れさせてくれる作品だ。 ■『トラペジウム』『劇場総集編ぼっち・ざ・ろっく! Re:』 乃木坂46のメンバーとしてアイドル活動をしていた高山一実が、経験を交えて描いた小説を原作にしたアニメ映画『トラペジウム』も、アイドルになりたい思いを貫こうとして周囲を巻き込み、挫折して何が足りなかったのかに気づき、再起を目指すストーリーから何のために表現者を目指すのかを感じ取れる。TVアニメの総集編として公開中の『劇場総集編ぼっち・ざ・ろっく! Re:』も、コミュニケーションが苦手な女子高生が、ギターを通して自分の得意なことに自信を持っていくプロセスが描かれ、何かを始めてみよう、そして極めてみようといった思いを観る人に抱かせる。 こうした表現者が主人公になったアニメ作品の列に、6月28日から公開となるアニメ映画『ルックバック』が加わる。藤本タツキによる原作漫画が発表された時、漫画に自信を持っていた少女が心を折られそうになる苦しみや、自分を認めてくれる人と出会って表現活動に邁進する喜び、そして表現したいことがあっても続けられなくなる悲しみを強く感じさせ、日本中を激情に震わせた。押山清高監督が漫画の描線を活かしつつ、豊かな表情と色彩で動かしたアニメは、観る人を表現の沼へと引き込むだろう。
タニグチリウイチ