大惨事は逃れたはずが...“優秀なパイロットへの有罪判決”が呼んだ悲劇の結末
トラブルの連鎖
しかし、ここでさらに予想外の問題が起こる。通常ならヒースロー空港の滑走路には、旅客機を誘導するためのさまざまな色のライトがついていて、ちょうどクリスマスツリーのように光っているが、そのライトの一部が点灯していないという無線連絡が入ったのだ。 もちろんこれだけでは大した問題ではない。もともと霧のせいで視界が悪く、何も見えないも同然だ。しかし、航空機関士のレヴァーシャはライトの不具合によって手順にどんな影響が出るのかを急いで再確認しなければならず、さらに手一杯の状態となった。 問題はまだあった。進入許可が下りるまでに時間がかかりすぎていたのだ。ヒースロー空港には濃霧が出ていたため、複数の旅客機が許可を待って上空を旋回している。旅客機同士の距離は詰まり、管制塔は緊張状態にあった。それでも刻一刻と厳しくなる状況下で、管制スタッフはベストを尽くしていた。 のちに明らかになったのだが、最終的に進入許可が出されたときには、規定の待機時間をすでに過ぎていた。ノベンバー・オスカーはもともと慌ただしい状況の中で、着陸を急がねばならなかった。 スチュアート機長は疲労困憊し、プレッシャーは高まるばかりだ。窓の外は白い霧以外何も見えない。見えるのは、空港への進入経路を水平方向と垂直方向で示してくれるふたつの誘導電波だけ。ところがノベンバー・オスカーのオートパイロットは水平方向の誘導電波を受信していなかった。 これは十中八九混雑したスケジュールに起因するもので、寸前に着陸したエールフランス航空の旅客機が、まだ滑走路にいて電波を妨げていたのだと思われる。スチュアート機長は、水平位置を示すローカライザーと垂直位置を示すグライドパスに目を凝らした。 ノベンバー・オスカーは、ロンドン上空を毎分700フィート(約200メートル)降下していた。時速は約200マイル(約320キロメートル)。コックピットの空気は張り詰めていた。しかしまだ誘導電波を受信できていない。このときの様子について、ジャーナリストのスティーヴン・ウィルキンソンは上述のレポートで次のように書いている。 「滑走路から真っ直ぐに伸びるローカライザー電波をとらえようと、ノベンバー・オスカーは、まるで臭いの行方を見つけられない警察犬のようにS字を描きながら左右に少しずつ移動を続けていた。 ノベンバー・オスカーの高度は、ついに規定の1000フィートを下回った。しかもコックピットのクルーが誰も気づかないうちに、機体は滑走路を逸脱して外周のフェンスを越え、空港沿いのA4高速道路に建ち並ぶホテルに急速に接近しつつあった。本来なら、この時点ですでにゴーアラウンドしていなければならない。 しかし、スチュアート機長は疲労困憊だった。燃料も残りわずかだ。副操縦士はまだ体調が悪くぼんやりとした状態で、着陸をアシストする資格も持っていない。この状況でのゴーアラウンドは、かえってリスクを高める可能性もあった。 それにさっき、ヒースロー・アプローチは霧が晴れてきた、と言っていた。レヴァーシャはのちに、この天候の情報があったために、機長はゴーアラウンドの指示を一瞬待って、機体が霧を抜けて滑走路を目視できるかどうか確認しようとしたのだと主張している。 まもなく、ノベンバー・オスカーは地上250フィート(80メートル弱)まで降下。ペンタ・ホテルの屋根をかすめるまであと6秒となった。スチュアート機長はコックピットの窓から目を凝らし、必死になって朝霧の向こうに滑走路のライトを探す。 255人の乗客は、まだ大惨事が目の前に迫っていることに気づいていない。コックピットの補助席でディーン・クーンツの本を読んでいたキャロル・レヴァーシャでさえ、大惨事の一歩手前にあることを把握していなかった。 機体が地上125フィート(約40メートル)まで降下した時点で、ようやくスチュアート機長はゴーアラウンドの指示を出した。手順では、上昇に移る際に機体がいったん下がる「高度損失」を最小限に抑えるため、できる限り迅速に上昇するよう決められている。 しかし、それが一瞬遅れた。機体はエンジンが加速する間、さらに50フィート(約15メートル)降下し、その後上昇。のちの調査では、ロンドンの霧の中、時速約200マイル(約320キロメートル)で飛行していた200トンのノベンバー・オスカーの着陸装置は、ペンタ・ホテルの屋根から5フィート(約1.5メートル)のところまで接近していたことが明らかになっている。 ゴーアラウンドのあと、ノベンバー・オスカーは、すでにご存じのように何の支障もなくスムーズに着陸し、乗客の間には拍手喝采が起こった。到着スケジュールには数分遅れただけだった。 副操縦士のラフィンガムは、機長の手が震えているのに気づいた。スチュアート機長にとってはパイロットとしてのキャリアの中で最も厳しい経験だったが、彼は心からベストを尽くしたと信じていた。着陸後、彼は一瞬祈るかのように目を閉じ、深い安堵の溜息を漏らした。