【前編】北アルプスの山小屋経営、これからどうする?次代を担う山小屋後継者4人の座談会。|PEAKS 2024年9月号(No.167))
働き始めて知ったギャップや課題
――さまざまなキャリアを経て山小屋という仕事に就いていらっしゃいますが、働き始めてギャップを感じたことはありましたか? 赤沼:僕のなかでは、全部自分たちでやらなければならない、ということですね。電気の配線、水や道の管理も。街なら外部に委託をしてやってもらいますよね。でも山小屋では、委託業者の方がすぐに来られないので、発電機が壊れたら直すとか、そういうスキルも必要になるのかと驚きました。僕もノウハウはまだ全然ないですし、詳しいスタッフが抜けたときにそうしたスキルをもつ人たちを採用するのかなど、考えないといけない。マニュアルというか、だれもができるような山小屋運営の仕組みを作るべきなのかどうかなど、かなり気になっているところです。 今後建て直したい小屋がいくつかあるんですけど、お願いできる業者の方々が年々少なくなっています。 松沢:建て替えは本当に難しくなっていきますよね。当社も白馬大池山荘の建て替えを計画したいところですが、なかなか難しいことが多いです。じつは今日も別の小屋の改修工事で10名ほどの作業員の方をヘリで上げる予定があったんですが、山が雲に包まれているので飛ばすことができませんでした。こんな感じで工期が予定どおりに進まないので作業員の方にとっても大変です。さらに資材もヘリ代も高騰していて、対応してもらえる方も減っている。冬の間は工事できないので、やるなら春か秋なんですが、その期間も営業をしていかないとビジネス的に成立しないので、「いつやる? 」みたいな。 山小屋は昔からあって、これからも変わらないのかなと思っていましたが、環境はいろいろと変わっています。たとえば白馬鑓温泉小屋は雪崩のスポットにあるためいわゆる永年小屋が建てられず毎年建て壊しをしている、なかなか大変な小屋です。湯の花の地層なので地盤が緩いんですよね。そのため数年前にも湯船や石垣の大規模な工事をしましたが、それでもまたお湯が土を流してしまい地盤がずれる部分があります。そんな感じで昔の写真よりもいまは小屋を建てられる平らな地面が減ってしまってる状況です。最初は「どうにかして直さなきゃ」といろいろ考えましたが、自然の織り成すことには逆らえないことも多くあるといまは感じています。そういう点で、大自然で商売することの難しさと逆におもしろさ、有限性があるからこその価値を感じるようになりました。 穂苅:私は結構、子どものころから山に登ってはいたんですよね。学生や社会人になっても年に1回は上がって手伝ったり。ただシーズン丸々入ったことはなかったので、いざやってみたら本当に仕事の幅が広くて、調理・接客・清掃はまあ当たり前ですけど、エンジンの整備や登山道の補修など、とにかくやることが多いなと思いました。それまで会社員だったから当然そういうスキルはなかったですし。 そこで最初に思ったのは、私だけがんばってもどうしようもない、働いてくれてる人たちがいなければなにもできないということ。なので大切なのは働いている人たちであり、その人たちに対してどうモチベーションをもってもらえるかを考えるのが、私のいちばん大事な仕事なんだろうなと。そこで簡単なものですが人事制度のようなものを作ったり、野外救護の講習を実施するなど社員教育を徹底したりするようにしました。私が入った8年前よりは人材の定着が進んできたのかなと思います。 山田:人材の問題はありますよね。20年以上前は夏山が中心でしたけど、とくに私のいる横尾から涸沢などは、夏よりも秋のほうが利用者が多い傾向にあります。夏が中心だった当時は夏休みを利用して学生も多く働いてくれていたようですが、現在では7月半ばから10月までをとおして働ける方を募集している施設がほとんどではないでしょうか。 ▼後編では、日本と海外の国立公園の管理体制の違いや、伝えるべき山の情報を登山者にどう伝えるべきかなど、山小屋を運営者として考えていることを語っていただきました。 。 **********。 ▼PEAKS最新号のご購入はAmazonをチェック。 編集◉PEAKS編集部/文◉松元麻希 Text by Maki Matsumoto/写真◉武部努龍 Photo by Doryu Takebe/取材協力◉HIKE&CAMP&LONG TRAIL SPECIALITY LEISURES
PEAKS編集部