中国・35人死亡の車暴走事件 私たちを取り囲み、映像を消せと迫った謎の「市民」たち
■表向きは開かれた中国の取材環境 しかし現実は… 習近平国家主席は2022年に行われた第二十回共産党大会で外国人記者に対し「皆さんが中国各地を歩き、客観的事実を見て、世界に向けて中国について語ることを歓迎します」とスピーチしている。外国人記者がルールに則って広く世界に中国のことを伝えることを、中国政府も表向きには歓迎している。しかし実際には謎の「市民」による取材妨害が頻繁に起きている。 もちろん、外国人記者はよそ者にすぎない。中国で取材する以上、中国人の慣習や考え方を尊重すべきであると思う。中国人がよく口にすることわざに「家丑不可外揚(身内の恥は外に晒さない)」というものがある。中国のネガティブな側面を外に報じられることは恥ずべきことだ、という中国人の考え方が外国メディアに対する過剰反応の一因なのかもしれない。 また、ここ数年、「外国人をスパイだと通報して表彰された」といったような政府の発信を通じて「外国人を見たらスパイと思え」という考えが浸透しているとも考えられる。 読者の中には「なぜあっさり映像を消去してしまったんだ。もっと抵抗すべきではないか。弱腰だ」と思われた方もいるかもしれない。しかし、ここは日本ではない。私たちは中国で暮らしながら取材をしている。 日本の隣国であり、政治的にも経済的にも歴史的にも関係の深い国、それでいて取材環境・メディアをとりまく環境は日本と大きく違うこの国に留まり続け、起きていることを伝え続けること、それが最も重要なことだ。そのためには不本意ながら中国のやり方に従わざるを得ないこともある。 私たちも黙っているだけではない。このような理不尽な取材妨害を受けるたび、私たちは外国メディアを管轄する中国外務省に改善を求めてきた。今回、映像を削除させられた件についても中国外務省に遺憾の意を伝えている。 めまぐるしく変化する中国社会について様々な視点で伝えるからこそ世界中の人々が「今の中国」についての知識をアップデートすることができる。珠海で起きた今回の事件も、世相を反映している可能性が高い。実際、17日には江蘇省・無錫市の専門学校で21歳の男が刃物で切りつけ、8人が死亡。さらに19日には湖南省・常徳市の小学校前で車が児童らを次々とはねる事件が起きている。相次ぐ事件の背景には何があるのか、現場を取材して伝えるのが私たちの仕事だ。メディアを通して世界の人々が中国に対する理解を深めることは、人どうし、ひいては国どうしの相互理解に繋がるはずだと信じている。外国メディアのクルーを派出所に連行し、映像を消去させるという行為は決して受け入れられるものではないし、相互理解には何の役にも立たない。
JNN北京支局 支局長 立山芽以子 カメラマン 室谷陽太
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