死の隣で自分を見つめる…僧侶で登山家の38歳がヒマラヤの未踏峰2座を制し感じた"人間の儚さ"
■登山と仏教の教えは、通底している パンカールヒマールでの経験は、その後の齊藤さんの生き方に強い影響を与え、登山家として、また僧侶としての自己鍛錬への原動力となった。コロナ禍明けの2022年、今度はヒマラヤにある別の未踏峰、サウラヒマール(6230メートル)に2人で挑んだ。 「最初のパンカールヒマールは花谷さんの力が大きかったけれども、今回は自分たちだけで登り切るということが目標になりました。そして、登頂できたんです。頂上に立った瞬間は、号泣しながら、衛生電話で花谷さんに電話しました」 「下山の最中に、ネパール人のガイドさんが、『大乗さん、あの山見えますか?』って言うんです。『はい、見えます』『あの山は2020年に日本人が挑戦して、失敗した未踏峰なんですよ。ジャルキャヒマール(6473メートル)といいます。大乗さん、来年ジャルキャキマール登りませんか』って。そう言われれば登るしかない。昨年2023年に挑戦しました。でも、大雪降って撤退。まあ、仕方ないですよね」 ジャルキャヒマールへの挑戦はNHK札幌放送局のドキュメンタリー番組『未踏峰への挑戦』に取り上げられた。 齊藤さんは今、ゲストハウスを併設した宿坊の構想を抱いている。島を訪れる人々に仏教と、礼文島の自然を体感してもらいたいと考えたからだ。 「礼文島の風景には他にはない独特の美しさがあります。それを多くの人に知ってもらいたいし、その美しさが仏教の教えと共鳴することを願っています」 礼文島は人口減少にあえいでいる。この30年間で人口は半減した。同時に寺の檀家も激しく減っている。島の寺を今後、どう維持していくか。齊藤さんの課題でもある。 「父が妙慶寺に入った当時、檀家は66軒ほどでした。近年は葬式のたびに檀家が減っていくような有り様です」と齊藤さんは語る。現在の檀家数は44軒。寺務だけで生活していくには到底、足りない檀家数である。だが、齊藤氏はこの現状を悲観してはいない。それどころか、檀家の少なさを逆手に取って、様々な挑戦を続けている。 先述のようにゲストハウス構想に加えて、クラフトビールのブランドを立ち上げようと考えている。近年、寺の境内の一角にビールの主要原料のホップを植え始めた。さらに檀家さんにも株分けをしながら、安定的な収穫を目指している。実現すれば、日本最北のクラフトビールになる。 「ビールのうまい国って、緯度が高いところなんですよ。礼文島はフランスとだいたい緯度同じか、少し上。国の補助金制度などを活用しながら、ブルワリーをつくれればと思っています。地域の人も雇って。島の魅力がひとつでも増えればいいなと思っています」 来年は北米大陸最高峰のアラスカのデナリ(6190メートル)に挑むという。登山を通じて、「今を生きる」意味を問う。登山と仏教の教えは、通底しているのかもしれない。 ---------- 鵜飼 秀徳(うかい・ひでのり) 浄土宗僧侶/ジャーナリスト 1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『寺院消滅』(日経BP)、『仏教抹殺』(文春新書)近著に『仏教の大東亜戦争』(文春新書)、『お寺の日本地図 名刹古刹でめぐる47都道府県』(文春新書)。浄土宗正覚寺住職、大正大学招聘教授、佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事、(公財)全日本仏教会広報委員など。 ----------
浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳