哲学者が問う、定年後の「成果を上げない人生」に価値はないと言えるのか?
多くの人が仕事にまい進し、物事を成し遂げようと努力を重ねている。しかし、何かしらの成果を上げることだけが「幸福」なのか? 生きていく上で本当に大切なことについて、哲学者の岸見一郎氏が語る。 【図】60代から自分に不足するお金の割り出し方 ※本稿は、岸見一郎著『つながらない覚悟』(PHP新書)を一部抜粋・編集したものです。
本当に大切なこと
心筋梗塞で倒れ入院した時、看護師さんの一人が私にこんなことを語った。 「ただ助かったで終わる人もおられるのですけどね。でも、これからのことを考えゆっくり休んで、若いのですから、もう一度生き直すつもりで頑張りましょう」 私はその言葉を聞いて、退院してからの人生で何が重要かを考え、生き直す決心をした。 それは端的にいえば、「生きること」である。最近妻を亡くしたばかりだという男性がインタビューに答えているのをテレビ番組で見たことがある。その人は仕事などどうでもよかったと語っていた。仕事と妻との優先順位が変わったのである。 かつて、ある会社の役員研修で講演をしたことがあった。研修というのは講演者の話を聞きたいと思って参加しているわけではないので、その日私が講演した時も、大方の人はつまらなそうに聞いているように見えた。 ところが、「人は働くために生きているのではなく、生きるために働いているのである」と話したところ、多くの人が、急に熱心になり、中には身を乗り出して聞き始めた人もいた。 人は働くために生きているのではないというと、働かなければ食べていけないではないかと反発する人は多い。 たしかにその通りだが、過労で倒れたり、転勤で家族が離れ離れになったりすると、一体何のために働いているかわからなくなる。 会社は社員に会社とつながることを求めるかもしれないが、自分の人生こそが大切であり、つながるべきなのは会社ではない。身を粉にして働くことが幸福とは感じられないのは、真につながるべき人とつながっていないからである。