パリ五輪レスリング 文田健一郎が語る金メダルに懸けた3年間への熱き想い 世界屈指の「反り投げ」のルーツ
「レスリングがつまらない」 心の暗闇に再び光が差した瞬間
――コロナ禍で1年延期とはなりましたが、8年越しの目標をかなえて2021年、東京オリンピックへの出場を果たしました。 文田 オリンピックに関しては、色々な要因から「悔しい」という思いが今も自分の中にあって……。 ――「銀メダル」という試合結果以外にも悔しさが? 文田 そうですね。まず、無観客というのは自分にとって大きくて。ロンドン大会であれほど感動したのは、やっぱり満員の大声援を体感したからで。それだけに「TOKYO」の文字が躍る会場で、観客席に誰もいないのはとても残念でした。それに、何より決勝で敗れたこと。さっき「力負けは感じなくなった」と言いましたが、あの選手には感じてしまいましたね。捕らえられた腕を、相手の握力や前腕の力でコントロールされて、剥がし切れなかったです。 ――決勝ではキューバのオルタ・サンチェス選手に得意の投げ技を封じられ、1‐5で敗れました。 文田 東京五輪までは、やっぱり投げへのこだわりが周囲も自分の中でも大きくて、投げで戦うことを自分に課してレスリングしてきました。でも、それが裏目に出る形となり、投げを封じられたら何もできなくなってしまった。「投げなきゃいけない」と変に意識してしまった所は大きな反省点ですし、悔しさが残りましたね。 ――その後、スタイルをかなり模索されたと聞いています。 文田 レスリング界では地味に固めて点数もあまり動かないような、見ていても、やっていても面白くないスタイルが主流になっていき、僕は僕で意固地になって「そのスタイルが一番強いというなら、それでやってやろう」と、2年くらいリスクのある投げ技を避けたスタイルをやっていた。でも、僕自身が面白くなくなっちゃったんです。レスリングが。グレコローマンが。去年9月の世界選手権でメダルを獲れば、パリ五輪への出場が決まったんですが、もしダメだったらレスリングはもういいかなって思ってしまうくらい。 ――進退を考えるほど気持ちが落ちていたんですね。どのように気持ちを立て直したのですか? 文田 実は、その世界選手権の決勝がきっかけです。戦ったキルギスの選手が考えられないくらい果敢に組んできて、どんどん得意な技をかけてきたんです。ここ5年ぐらい、固めてくる相手にどう攻めようという試合の流れだったので、もう本当にビックリして。 ――決勝では6‐11で敗れましたが、ご自身も得意の反り投げを3度仕掛けるなど、文田選手らしい攻めを展開しました。 文田 身体もすごくキツいし、ポイントでも負けているのに、戦いながら「うわ、めちゃくちゃ面白いな。この試合ずっとやっていたいな」って。今まで試合中にそんなこと思ったことがなかったのに。でも、戦いながらすごく教えられている感じがしたんですよね。「自分は何にこだわっていたんだろう。戦い方のセオリーなんてないんだ。自分がやりたいレスリングを突き詰めて勝てばいいんだ」って。 ――文田健一郎のレスリング人生に、また大きな転機が訪れた。 文田 その通りで、あの瞬間があったから今があるというのはすごく感じています。本当に面白かったですね、あの試合は。そこからは、自分が戦いたいように戦うことだけを意識して、練習にも取り組むようになりました。今はレスリングが楽しくてしかたないし、自分が伸び伸びできているなと日々感じています。