舌が衰える現代人/医学博士照山裕子
「100歳まで食べられる歯と口の話」<21> 先日友人とランチをとっていると、隣にいた若い男性が、大盛りのタコライスを1分も経たないうちに平らげてしまったので驚きでした。食べ終わった後にはしばらくスマホをいじってのんびりしていたので、特段急いでいたとも思えず、かまずに飲み込むことが日常になっているのだろうなと感じた出来事でした。 舌は筋肉でできており、鍛えなければ衰えます。そして、舌の力が低下する理由のひとつが、こうした「よくかまない」習慣だといわれています。歯ですりつぶした食片を口の中で唾液と絡め合わせ、飲み込みやすい形態にして食道へ送り込むのが本来の舌の役割です。 ところが現代人の身の回りには、カレーライスや牛丼、オムライスにラーメンと、咀嚼(そしゃく)せずとも飲み込める食事であふれています。これが当たり前になると、食品のうまみをしっかり味わうことが困難です。舌の力が低下するだけなく味覚もやられ、悪化すれば味覚障害につながる恐れもあります。 幼少期に舌の発達が弱いと、歯を前に押し出す力が足りずに歯並びが乱れる原因になるのですが、さらにそのまま大人になると、歯に汚れが残りやすく、虫歯や歯周病といったトラブルを招きがちです。舌足らずになって発音がうまくいかない原因にもなります。 スマホやタブレットといった、現代生活で身近なツールも落とし穴です。椅子に座ってふんぞり返るような姿勢で眺めていると、自然と舌が重力に負けて下顎とともに下方に落ちます。使用時間が長くなればなるほどストレートネックの危険性も高まりますし、当然ながら舌もさらに弱ります。テレワークの普及やSNSの発達によって、他者と「話す」コミュニケーションを取らずに済む機会が増えていますが、だからこそなおさら、食事をよくかんで味わうというシンプルな習慣が健康を守る貴重な心がけになると思います。