定年世代が困惑する「多様性の時代」の受け入れ方、「高度経済成長期」は迷うほど選択肢がなかった
■選択肢が少なく迷わなかった「高度経済成長期」 これは「ジャムの法則」として知られています。選べるものが多くなりすぎると、「あっちのほうがよかったかも」と後悔する心理が働いて、選択すること自体をためらってしまうというのです。選択肢が増えているのに逆に選びづらくなってしまっているので、「選択のパラドックス」とも呼ばれています。 どうでしょう? 自分に置き換えてみて、思い当たるような経験はありませんか? 今、私たちが生きている社会が、まさにこの「選択のパラドックス」状態です。
生き方は24種類どころではありません。SNSをのぞいてみれば、無数の他人の人生が目に入ります。働き方1つとってみても多くの選択肢があります。 転職は当たり前。副業を認める会社もあり、いくつも仕事を掛け持ちするダブルワーク、トリプルワークの人たちも出てきました。会社員という身分を持たずに、フリーランスで働く人たちも増えています。起業を選択する人も少なくありません。 投資で稼いで、30代でFIREした人がいるらしい! YouTuberして、好きなように生きている人がいる! 田舎暮らしは最高だと言っている人がいた!
なんだかうらやましいように思いますよね。でも、他人がやっていることに目がいくほど、自分の現在地を見失いがちです。 さまざまなモデルケースを参考にできるのは、情報社会のいいところですが、目移りばかりしてしまう反作用があることも否めません。あれもいいな、これもいいなと、他人の人生のいいところばかり目について、肝心の自分の人生に迷いが生じてしまうのです。 それに対して、“昭和のサラリーマン”が働き方に悩んだ、という話はあまり聞かない気がします。
高度経済成長期には「サラリーマンは気楽な稼業」と歌われ、バブルの頃には「24時間戦えますか?」とあおられながらも懸命に働いていました。「一億総中流時代」なんて言われたこともあります。 その理由は、選択肢が少なかったからです。いや、本当はたくさんあったのでしょう。しかしまわりの人たちも同じように働いていたため、疑問を持つこともなく一生懸命になれたのです。そして、がんばった分だけ、より良い人生が待っていると信じられました。日本の経済は右肩上がりで、賃金テーブルのとおりに給料が上がり、実際に生活がよくなっていった人が多かったのです。