なぜプロマラソンランナー川内優輝は「東京五輪を考えていない」のに最終選考レースであるびわ湖毎日を走るのか
目標は2時間10分を切ることに置いた。 世界陸上では2時間17分59秒の29位と惨敗。すでに100試合以上に出場、短い間隔でレースを消化する”鉄人”の川内でさえ、その肉体的ダメージが残ったのか、以降、12分を切れず、今シーズンのベストは、昨年12月の福岡の2時間12分50秒である。 実戦のレースに出場しながら調整を進めるスタイルの川内だが、今回は、2月16日の青梅マラソンを最後にレースには出場せず、実業団の練習に参加しスピード練習を重ねたという。 川内が言うようにナイキの厚底シューズが席巻し、2種類のペースメーカーにハイペースを指示した東京では、日本記録を更新した大迫に続き、6分台が2人、7分台が7人も生まれた。そのマラソン新時代において、サブ10を目標に掲げるのは、笑われるのかもしれないが、自らの限界に挑み、常にベストを尽くすのが、川内の哲学。 昨年のびわ湖では、2時間9分21秒で8位(日本人2位)に入り13度目のサブ10を記録して世界陸上への切符を手にしている。その相性のいいコースで死力を尽くし復活の出口をつかみたいのだ。 だが、びわ湖以降は新型コロナウイルスの影響で不透明となっている。 「びわ湖の後のレース予定がのきなみ中止になった。ボストンもわからない状況になっている」 2018年に優勝、昨年も17位ながら日本人2位となった4月のボストンマラソンも開催が微妙だという。プロランナーとして今、危機的状況にある。それだけに新型コロナに対する厳戒下で実施される今レースには特別の思い入れがある。
「大変な状況下で走れることに感謝したい。大会関係者のみなさま、大会にかかわるすべての人に”ありがとうございます”という思いを込めた走りができればいい」 そして、元公務員ランナーとして教育の現場も知る川内は、こう続けた。 「私自身、昨年まで10年間、高校の方で勤務していたので、全国一斉休校で、卒業式も迎えられない生徒がいるのは、嫌な社会情勢だなと思っている。そうした中、自分自身ができることは、最後まであきらめない、1秒でも早く、ひとつでも上の順位でゴールする走りをみせること。陸上に限らず、あらゆるスポーツにできることはある」 さらに休校中の陸上部の学生へのメッセージも付け加えた。 「屋外であれば、屋内と違って感染リスクが高くないという情報も出ている。批判がある中で開催された青梅マラソンもパンデミックのようなことは起きていない。今、間違った情報、正しい情報が入り混じっている。色んな情報を見比べる中、どの情報が正しくて、どの情報が間違っているかを判断する力を身につけていくと、その力はトレーニングにも生きてくる。考える力を身につけた上で、どういうトレーニングなら、休校でも新型コロナに感染する危険が少なく、パフォーマンス、競技力を維持できるかを考えて欲しい。マイナスをプラスにできるような機会にしてくれればいいなと思う」 川内は、なぜ東京五輪を狙わないのに、最終選考レースのびわ湖に出場するのか。そして、そもそも彼はなぜマラソンを走るのか。その答えが、なんとなくわかったような気がした。