TSMC特需に沸く熊本経済、日本再生のモデルケースになり得るのか
美里町や和水町のような小さな町の住民で、株式市場や個人年金、企業の合併・買収(M&A)に資金を投じている人はほとんどいない。30年にわたって物価上昇を経験していない人にとって、インフレの再来は衝撃だ。食料や燃料などの生活必需品の価格は、円安の影響もあって急上昇した。
自民党総裁選の立候補者たちは遊説先で、物価上昇のプラス面よりも、生活費が高騰することのマイナス面を強調している。世論調査で支持率を伸ばしている高市早苗経済安全保障担当相は、社会的弱者へのさらなる所得支援を訴える。また、有力候補の1人である小泉進次郎元環境相は、かつて経済大国と言われた日本の衰退を嘆いた。
総裁選出馬を正式表明した6日の記者会見で小泉氏は、「はっきり言って日本は衰退している」と指摘。「戦後の高度成長はホンダやソニーなど町工場から出発し、世界を制覇した企業がけん引した。しかしこの30年、そうした企業が出てこない」と語った。
自民党総裁選の立候補者らは、経済の活力を再び刺激するためのさまざまなアイデアを提示している。小泉氏は、ライドシェアのようなビジネスの成長を促す規制緩和や、スタートアップ企業や中小企業により多くの優秀な人材を呼び込むための労働市場改革を訴えている。政府支出の拡大や企業に賃上げを求める声もある。
それでも、日本国民の安定を求める強い願いが、自民党の政権維持を可能にしているのと同様に、抜本的な政策変更の余地を狭めている。野党は有権者に説得力のある代案を示すことに苦戦し、魅力的な政策を打ち出しても即座に自民党に吸収されてしまうことが多い。
日銀出身で第一生命経済研究所の熊野英生首席エコノミストによれば、政治家は人口減少など日本が長年抱える構造的な問題に対して即効性のある解決策を示してこなかった。熊本のTSMC工場は地元経済に良い影響を与えているものの、その影響には限界があると言う。
熊野氏は、日本全体の経済が復活するには、「TSMCによる経済効果が他の地域でも複数起こってこないと難しく、それはものすごい大きなチャレンジだ」と語った。