軍事アナリスト小泉悠と、シャララジマ&リサタニムラが語る映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』
現在、公開中の『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は、A24が史上最大の予算で製作した注目作。アメリカの分断が進んだ国内戦争を描く本作について、軍事アナリスト小泉悠と、モデルのシャララジマとエディターのリサタニムラが意見を交換。各々が考える見所、監督の意図、本作のテーマとは。 ※一部ネタバレがありますので、ご注意ください。
シビル・ウォー アメリカ最後の日
ストーリーの舞台は、連邦政府から19の州が離脱し大規模な分断が進んだアメリカ。各地で西部勢力と政府軍による内戦が勃発している。キルステン・ダンストが演じる戦場カメラマンのリー・ミラーと戦場カメラマン見習いのジェシー、ジャーナリストのジョエル、ベテラン記者のサミー、老若男女4人組は、ホワイトハウスで大統に領単独取材を行おうと車でNYCからワシントンD.Cを目指す。その道中で目の当たりにしたのは、戦地となった自国の変わりようと憎む合う国民の姿だった。 【参加者プロフィール】 小泉 悠 軍事評論家、軍事アナリスト。ロシアの軍事・安全保障政策を専門とする。東京大学先端科学技術研究センター准教授を務める。千葉県出身。ユーリィ・イズムィコのペンネームでも知られ、多くの著書を執筆。 リサタニムラ 『Cult* Magazine』ファウンダー。東京で生まれ育ち、10代で渡英。ロンドン、ベルリンに居住後、日本に帰国。アート、ファッション、音楽の領域で政治的・哲学的な側面を国際的な視点で捉えるプロジェクトや作品を手がける。 シャラ ラジマ 広島県出身。バングラデシュをルーツに持ち、東京で育つ。国籍や人種の区別に捉われず、雑誌や広告、ランウェイにモデル出演。雑誌連載の文筆業のほか、ベイFM『シャララ島』ではラジオパーソナリティを務める。
もしもアメリカで内戦が起こったら。 A24が描くアメリカの仮の未来
リサタニムラ(以下L)「映画製作会社A24のファンで、公開作品をずっと追っています。インディペンデントなクリエイターと制作方法で、常にハリウッド大作とは異なる視点を与えてくれる作品が多い。今作はA24に興味がない人にも刺さるようなテーマと内容だったと感じました。今年の4月に公開したアメリカでもヒットしたようですね」 シャラ ラジマ(以下S)「低予算だけど、アート性が高い作品を作る姿勢のプロダクションだよね。ミュージックビデオのような映像美やニッチなサブカルチャー的な要素が多用されている。あとは、ホラー映画にも力を入れていたり」 小泉悠(以下K)「それに比べると、いわゆるハリウッド大作感がありましたしね。主に戦車とヘリコプターあたりに、予算はだいぶかかってるなと思いました(笑)。CGじゃないものが結構混じっていたと思います。あとは戦争ものなのに、光とかカメラワークがやたら凝っているなと。確かにミュージックビデオっぽい表現でした」 S「やはり軍事的な演出に注目したんですね(笑)。特にどこのシーンですが?」 K「ホワイトハウスの壁を戦車が乗り越えるところ。普通の乗用車ってガソリン17km/Lとか20km/Lくらい走るんですが、戦車って、大体500m/Lしか走れないんですよ。50tくらいある車体を動かすので燃費が悪いし、少し動かすだけでもとてもお金がかかる。本作に出てきたM1というアメリカ戦車はマスタービーエンジンを積んでいて、陸上自衛隊の戦車よりもさらに燃費が悪いと思うので200m/Lくらいかも。アメリカ陸軍の主力戦車ですが、借りて動かすだけで、あのロケをするのに一体いくら費用がかかるのか。ヘリも本物だろうし、その辺りにハリウッド的なスケールを感じたんです」 L「IMAXで上映されるということで、迫力ある戦闘シーンでした。戦地と化したワシントンDCを空撮するシーンも迫力があって、ホワイトハウスが潰されるまでのシークエンスも目が離せなかった」 K「ワシントンDCのビルの上から迫撃砲を撃っているシーンもやたらリアルで。『ここは抑えるよね、やっぱ』という納得感がありました。出演している兵士の人たちは、軍隊経験がある人だと思うんです。爆発音が大きすぎると、号令が聞こえなくて取り残される人がいるので、移動するときに肩をトントンたたくとか、そういう決まった動作をきちんとやっている。銃撃シーンも実弾に近いレベルの火薬を入れて、戦場に使い音響の設計にもこだわっているそうで。俳優たちの驚き方も演技のレベルを超えていましたし、リアルな戦場の描写と表現への熱量がすごかったです」 L「アメリカでの予告編では“Adrenaline-fueled”つまり“アドレナリンがみなぎる”作品と紹介されていたんです。その文言で誰が映画館に行くだろうと考えたときに、アメリカの戦争作品が好きな人、もしかしたらちょとコンサバな人かもしれないと。日常的にウクライナやパレスチナのリアルな戦場の情報を追っている人たちは、果たして観るのかな?とも思いました」 S「正直、リアルな戦争の映像はSNSで日常的に流れているもんね。でも、内戦がテーマだから、アメリカだけで起こることとは限らない。どの国の人にも当事者性があるんだと思う」 L「アレックス・ガーランド監督がインタビューで語っているのが、この映画を作った理由は2つあって、1つはジャーナリズムを讃えたかったと。例えば、ジャーナリストが政府の不正を暴いて大統領が失脚したウォーターゲート事件みたいなことは、現代社会では起こりえないと言うんです。2つ目は、世界中で起きている分断の危うさについて。監督は英国人なんですが、舞台になるのは、アメリカでもどこの国でもよくて、観る人が考えるきっかけになればいいと語っています。確かに興味本位で鑑賞した人が、ガザなど戦争で起きていることを自分ごととして考えられるきっかけとなる作品なのかもしれないと思いました」 K「ジャーナリストについては、戦場カメラマンのリーもそうですが、サミーのことじゃないかなと思っています。おじいちゃんだし大した動きはしない人物だけど、古き良きアメリカを覚えている人として描かれています。ウォーターゲート事件で有名になったボブ・ウッドワードという伝説的なジャーナリストがいますね。彼はのちにブッシュ政権がいかにいい加減な理由でイラク戦争を始めたかを暴いた『攻撃計画』という本を書いていますが、このようにアメリカにかつていた骨のあるジャーナリストの化身として、サミーは出てきたのではないかという気がしました」 L「ネタバレになりますが、サミーは最後の最後で若者たちを救ってくれる。かつてのジャーナリズムが、これからの未来を救うのではないかと監督は語りかけているんでしょう。メタファーなんですよね」 S「最初、リー達はなぜカメラばかりを使うんだろうと疑問でした。普通に考えたら、スマートフォンで撮った方が早いしネットに拡散できる。その後の話の展開で、作中のアメリカではネットは使えなくなっており、ジェシーがスマホを所持しているのはフィルムカメラの現像に使うからだと分かります。極限の状況では、フィルムさえ残ればデータは消えないし、アナログなものが強いのかなと思いました。逆にネットがある状況なら、戦時下の最前線でもジャーナリズムを発揮できるのではないかと思いました。ただ、ネットによって情報が錯綜して何が真実かがわからなくなる可能性があり、それはジャーナリストにとっても同じ。そうなると戦争や政治において、広報として記事が出ることもあると考えると、ジャーナリズムがどこまでの範囲を指し、どんな意味を持つのかわからない。事実と憶測の判別について受け手側にもリテラシーが要求されているなと思いました」 K「ネットがなくてもジャーナリズムの力は大きいんだと思います。1960年代のヴェトナム戦争では、ロバート・キャパみたいな戦場写真家が最前線まで行って米兵がこんなひどいことしているぞと暴いたりした。まさに、アナログのカメラで撮影して『LIFE』や『週刊朝日』などの雑誌媒体にバンと写真を掲載したわけです。そうすると、スキャンダルが世の中に伝わって「これはひどいじゃないか、許せない」となるわけです」