なぜ中国で児童の無差別殺傷事件が相次ぐのか…100年前に魯迅が発していた「警告の中身」
「偶発」というのは本当なのか
2024年6月24日の午後4時頃、江蘇省蘇州市に所在する蘇州日本人学校のスクールバスが下校する子供たちを乗せて虎丘区塔園路の停留所に到着した時、バスから降りた子供と迎えに来ていた母親(日本人)が男(周某某、52歳、無職)に刃物で切り付けられて負傷した。その時、バス案内係の胡友平(女性)はバスに乗り込もうとした犯人の男を阻止しようとして後方から抱き付き、不運にも刃物で刺された。彼女は医院へ搬送されたが、必死の救命処置の甲斐なく2日後に死亡した。 【写真】中国で退役軍人が「怒りの蜂起」!火を付けた公安幹部「愛人」の暴行事件 この事件に対して中国外交部の報道官である毛寧は6月25日に行われた記者会見で、「私の知る限りでは、警察はこの事件を初歩的に偶発的なものと判断としており、目下更に調査中である。これに類似した偶発事件は世界のいかなる国家でも発生する可能性がある」と述べて、事件が反日に起因したものではないことを強調した。 一方、9月18日の午前7時55分、広東省深圳市にある深圳日本人学校の児童である小山航平君(10歳)は母親(中国人)に付き添われて徒歩で登校する途中に男(鐘某、44歳、無職)に刃物で刺されて重傷を負った。彼は医院へ緊急搬送されて、懸命の救命措置が施されたが、薬石効なく19日未明に死亡した。この事件に対しても、地元の深圳公安局は調査を経て偶発的な事件と位置づけ、蘇州事件に対する外交部の「偶発的に発生した」という見解を踏襲して、メディアによる事件の真相究明に歯止めを掛けたのだった。 上述した蘇州日本人学校と深圳日本人学校で発生した日本人小学生に対する刃物による傷害・殺害事件は、中国外交部が言うように「偶発的に発生した」事案というのは本当なのか。
魯迅が発していた警告
その答えのヒントは中国の文学者「魯迅(1881~1936年)」の著作にあった。それは今から98年前の1926年2月15日に出版された『華蓋集』に収録された「雑感」(執筆時期:1925年5月8日)と題する作品の中に書かれた次の文章だった。 強者憤怒, 抽刀向更強者, 怯者憤怒, 却抽刀向更弱者。 不可救薬的民族中, 一定有許多英雄, 専向孩子們瞪眼。這些孱頭們。 (訳文)勇者が怒れば、刀を抜いてもっと強い者に向かって行く。臆病者が怒れば、刀を抜いてもっと弱い者に向かって行く。救いようのない民族の中には、間違いなく臆病者の英雄が多数いて、もっぱら子供たちに目を向いて怒りをぶつける。この意気地なしどもめ。 魯迅は、中華民国を主導した中国国民党が中国共産党との間で第一次国共合作を行った1924年頃の乱れた国内情勢を踏まえて、上記の文章を書いたものと思われる。彼は「意気地のない臆病ども」が彼ら自身よりも弱者である子供たちに欲求不満の矛先を向けて怒りをぶつけることを憂えたのだった。だからこそ。彼はこの愚かな民族は滅びるのだと『雑感』の中で警告を発したのだと思われる。 この魯迅が指摘した中国人の中に存在する悪しき性向、それは臆病者が欲求不満の捌け口を弱者である子供たちに求めるということであり、一朝一夕には変わらない、ということなのではないだろうか。