運動性能と居住性と安全性 「規格」内でもがく軽自動車のジレンマ
排気量が極端に小さい軽自動車は、状況がもっと厳しい。簡単に言えば360ccのままで排ガス規制をかけたらクルマとして成立しなかったので、止むにやまれず550ccにキャパシティを上げ、あわせて当時問題となっていた衝突安全の見地からサイズを見直したということだ。 途中何度かの小さな規制強化がありながら、1990年に再び排ガス規制の大幅な強化があり、ほぼ同様の理由で排気量が見直される。そして1998年には側面衝突を含む衝突安全規格が強化され、ボディサイズが見直されて現在に至っている。 軽自動車のサイズと排気量のアップを「軽自動車の贅沢化だ」とする意見があるが、過去の規制緩和に関しては、そうしなければならない明確な理由があって緩和されているとみてよいだろう。
「縦横比」でわかるクルマの資質
では、本当はどんなサイズが現実的なミニマムサイズなのか? エンジニアリング面に関して言えば、そのヒントとなるのはホイールベースとトレッド、つまり4つのタイヤが描く四角形の縦横比にあるのではないかと思う。この比率は1.6が理想的だと言われている。数値が小さいほど転倒しにくく、機敏に曲がることができる。ただし数値を小さくするためにホイールベースを短くすると、乗り心地と高速安定性が犠牲になる。現在の小型車の場合、そのバランスポイントは1.6と2400ミリというあたりだと思われる。 動的な資質に加え、実用性を求める道具として居住空間の広さも重要だ。タイヤは室内空間を侵食するから、出来るだけ外に追い出したい。軽自動車の場合規格そのものが左右方向により厳しいので自ずと縦横比は大きくなる。 各国の主な小型車をリストアップして表を作成してみた。この表では比率の数値が小さい方から並べてある。小型車とは別に現在ハンドリングが優れているとされているスポーツカーを比較対象用に加えてある。スポーツカーと同じ土俵で比べるつもりはないが、乗員人数や居住空間、荷室容量など最も制約の少ない状況で自動車メーカーがどんなホイールベースとトレッドを選ぶのかは参考になるだろう。 数値が一番小さいグループはスマート・フォーツーとトヨタのiQだ。この2台はちょっと特殊なクルマで、全長を3メートル以下に収めることで、縦列駐車用のスペースに歩道に向けて頭から突っ込んで2台停められる様に作られている。そのための2座であり(iQには2座と4座があるが事実上2座と見なす)、結果的に異様に短いホイールベースを持っている。 しかしホイールベースが短いと路面の突起にタイヤが乗り上げた時の車体の角度変化が大きく、前後にグラグラして乗り心地が悪い。専門的にはピッチングが大きいと言う。当然疲労は大きいので、都市部の街中専用の短距離移動で使うにはいいかもしれないが、そこそこ距離を走る地方の足としてはあまり向かない。 次に数字の小さいグループはスポーツカーだ。現代の名だたるスポーツカーはほぼ1.6の縦横比を踏襲している。ポルシェ911はぴったり1.6だし、フェラーリの458イタリアは1.58になっている。逆に高速安定性をある程度見切って、機敏に曲がることに特化したロータス・エリーゼは1.53という極端な縦横比を持っている。スポーツカーとしてかなり残念なことになっているのはトヨタの86だが、スポーツカーではなく乗用車だと見れば優秀な数値だと言えるだろう。スポーツカーがこの数字を達成できるのは居住性を求めないからであって、生活の道具として使うクルマにこれと同等の数値を求めるのは普通に考えて難しい。ところが思った以上に優秀なクルマがあったのである。