“部活離れ”に逆行 「吹奏楽のまち」が仕掛ける地方の生き残り戦略
少子化で全国の高校や生徒数が減っている。その傾向は都市部から離れた地方ほど顕著だが、部活動を呼び水に入学者を募り、「私立並み」の手厚い支援で成果を上げている公立高もある。「部活離れ」がささやかれる中、時代に逆行するかのような取り組みとは――。 「音をしっかり出そう。音楽を楽しくやりたい。だからちゃんと練習して」 11月下旬、札幌市から約200キロ北東にある北海道遠軽(えんがる)高校。顧問の高橋利明教諭(52)から熱を帯びた言葉をかけられながら、同校吹奏楽局の生徒たちが音を奏でていた。 同校は人口約1万8000人の遠軽町唯一の高校で、全校生徒は485人。道内ではラグビー部や野球部などの部活動の活躍で知られ、吹奏楽局もその代表格だ。 近年は22、23年に全日本吹奏楽コンクールに出場し、22年は全日本マーチングコンテスト、全日本アンサンブルコンテストと合わせて三つの全国大会に出場した。過去には全国放送のテレビ番組のコーナー「吹奏楽の旅」で取り上げられたこともある。 遠軽町は小中学校を含めて吹奏楽が盛んで、「吹奏楽のまち」を掲げてきた。ただ、近年は少子化などの影響で、町内の吹奏楽人口は減少傾向という。 にもかかわらず、吹奏楽局員は53人(11月時点)と、大人数でのバンド編成が可能な規模を維持している。道立高ながら、町とタッグを組んで部活を前面に押し出して生徒募集をしているからだ。 ◇助成制度で4割が町外出身者に 全国の高校は持続可能な学校運営のため、独自の魅力を打ち出そうとしている。遠軽高校にとって、アピールポイントは部活だった。 一方で通学圏外から生徒を呼び込めれば地域の活性化につながる。町にとってもメリットは大きく、町は生徒確保を重要政策に位置づけた。 町は15年に助成金制度を事業化した。遠軽町以外の市町村(隣接の湧別、佐呂間両町は除く)から進学した生徒を対象に、定期券代の2分の1(月額上限1万円)、下宿費用の2分の1(同3万円)などを補助する内容だ。 14年以前は遠軽町内の入学者が大半だったが、制度が軌道に乗り、町外の生徒が大幅に増えた。現在は全校生徒の約4割に当たる205人が町外出身者。そのうち123人は学区外からで、大都市の札幌市から進学する生徒もいる。 吹奏楽局は生徒53人のうち学区外出身者が35人を占める。高橋教諭は「助成金は生徒確保の強力な追い風。他校との競争のような面があり、特別感がないと生徒は集まらない。部活の活躍がなければ生徒が減り、部活が衰退し、さらに生徒が減るという悪循環に陥りかねない」と語る。 町は24年度当初予算で助成金に4782万円を計上。負担は重いが、町企画課の中原誉課長は「移住の施策と同様に、高校活性化は地域にとって重要」と説明する。 オホーツク地方の中心的な自治体の一つである同町には総合病院や教育機関がそろう一方、過疎化は深刻だ。だからこそ「人口減少で教育や医療などの機能が失われつつあり、深刻な影響が広がる可能性がある。高校生は地域経済などへの波及効果があり、将来的には定住もあり得る」と利点を強調した。 助成金以外の支援も充実している。部活で使える町立の施設として、吹奏楽局が日常的に使う音楽ホールを備えた芸術文化施設が22年にオープン。ラグビーやサッカーができる人工芝の球技場も17年に整備された。 学区外生徒の増加を受け、官民で協力し、食事付き下宿も増やした。現在は町への寄付金を基に、町民でつくる団体が町有地に八つ目の下宿を建設しており、来春から稼働する。 約100キロ離れた斜里町から入学した前吹奏楽局長の漆川芽愛(しつかわめい)さん(3年)は、札幌の強豪校と悩んだ末に進学。「助成金があり、部活や生活の環境も充実しているので決めた。選択は誤っていなかった」と実感を込める。 ◇「太刀打ちできない」との声も 国の「学校基本調査」によると、道内の高校生(全日制・定時制)は14年度の13万4616人から、24年度は10万7906人となり、10年間で2割減った。 こうした中で部活を呼び水に、生徒を確保しようとする動きは全国に広がる。岐阜県は18年度入試から公立高の県外入学者を受け付け、春夏通算60回の甲子園出場を誇る岐阜商業高野球部など、特定の部活に「県外枠」を設けている。 一方で、遠軽高校を町が集中的に支援できるのは、同校が町内唯一の高校だからこそだ。生徒確保の「競争相手」で、複数校が立地する道内の自治体の公立高教員からは「進学希望を示していた子が遠軽への進学に変えたことがある。手厚い支援は私立並み。太刀打ちできない」との嘆きも漏れる。 道教育委員会の関係者は「将来的に全ての高校を維持するのは現実的でない。遠軽高の取り組みがうまくいっても、喜んでばかりいられない状況だ」と話し、先々を憂えた。【谷口拓未】