緒形直人、朝ドラ『おむすび』でいぶし銀の存在感 “踊らない”演技で掘り下げる人間心理
『おむすび』(NHK総合)で渡辺孝雄を演じる緒形直人。渡辺靴店の店主で、震災で一人娘の真紀(大島美優)を亡くした孝雄は苦悩を背負う父親だ。 【写真】過去編でのナベさん(緒形直人) 1995年1月17日。神戸を襲った地震は、死者6434人、全壊10万棟以上の甚大な被害をもたらした。『おむすび』の主人公である米田結(橋本環奈)の一家は、祖父である永吉(松平健)のいる福岡県糸島に移住するが、結の高校卒業のタイミングで神戸へ戻り、地域でヘアサロンを再開する。しかし、孝雄は真紀を失った心の傷が癒えないまま日々を送っていた。 緒形直人について、私たちは多くを知りすぎているし、一方で何も知らないといえる。名優・緒形拳の息子であり、『優駿 ORACIÓN』で日本アカデミー賞新人俳優賞、ブルーリボン賞新人賞を獲得し、『信長 KING OF ZIPANGU』(NHK総合)で24歳にして大河ドラマの主役に抜てきされるなど、20代の緒形直人は飛ぶ鳥を落とす勢いの若手俳優の代表格だった。ドラマ、映画にコンスタントに出演する現在は、作品になくてはならない役者としていぶし銀の存在感を放っている。 緒形直人に私たちが抱くイメージは、まじめ、繊細、実直、穏やか、などだろうか。実際にトレンディ路線を兼ねた20代から、時代劇・戦争ものなど作品の幅を広げる中で、パブリックイメージにたがわない役柄が多かったように見える。『同・級・生』(フジテレビ系)の鴨居透、『きけ、わだつみの声 Last Friends』の鶴谷勇介、『SPACE BATTLESHIP ヤマト』の島大介はそうした役どころである。 他方で、近年の作品をみると、緒形はただ“善良”なだけではない複雑で陰影のある役に取り組んできたことが注目される。緒形にとって転機になった作品が2016年に公開され、前後編にわたって制作された『64-ロクヨン-』である。昭和64年に起きたある少女の殺人と14年後の顛末を描いた同作で、緒形は誘拐犯の目崎正人を演じた。 後編から登場する目崎は、劇中の現代では、別の事件で誘拐された少女の父親である。加害者から被害者へ、罪を犯す人間と復讐される側という両面を備えた複雑なキャラクターを、緒形は尋常ならざる熱量で演じきった。自分を陥れた人間への怒りを募らせる鬼気迫る形相。行方不明になった娘を探すため必死になり、犯行現場へおびき出される盲目的な親の情。娘は死んだと聞かされ、泣き崩れる一人の父親。「犯罪者にも人の心はある」を生々しく体現した。