緒形直人、朝ドラ『おむすび』でいぶし銀の存在感 “踊らない”演技で掘り下げる人間心理
三國連太郎も評価した、緒形直人の“踊らない”芝居
同作がきっかけの一つとなり、2024年4月期放送の日曜劇場『アンチヒーロー』(TBS系)で志水裕策を演じた。弁護士の明墨正樹(長谷川博己)は、死刑囚である志水の冤罪を証明するために奔走する。獄中の志水は、殺人事件の潔白を自覚しながらも横領に手を染めた罪の意識にさいなまれ、残してきた娘への肉親の情によって引き裂かれる。全てを諦めていた志水が、娘の紗耶(近藤華)に会って目に光を取り戻す瞬間、あふれ出す感情に胸を鷲づかみにされた。 検察の取調べに耐えきれずに嘘の自白をする志水の姿は、「なぜ冤罪は生まれるか」という疑問に答えるものだ。それは『64-ロクヨンー』で、目崎が佐藤浩市演じる主人公の三上から、他人の娘を手にかけた理由を聞かれてとっさに放った「そんなこと俺にわかるか」と対をなすものでもある。不可解な人間心理を現実のものとして取り出し、納得させるリアリティが緒形の演技にはある。 『64-ロクヨンー』Blu-ray・DVD版の特典映像に収録されたインタビューで、緒形は三國連太郎とのエピソードを紹介している。若い頃、「君は芝居が躍っていなくて良い。そのまま踊らないような芝居を続けてくれ」と言われたというのだ。「躍っていない」とは、作為的ではない自然な感情の発露であり、地に足の着いた芝居と言い換えられるだろうか。飾らない緒形の特質は年月を経て熟成され、身にまとう空気にもあらわれているようだ。 『散り椿』の篠原三右衛門は、家中の実力者として重厚な中に秘めた才智を見せる。『もみの家』で自立支援施設を経営する佐藤は、温厚で笑顔を絶やさず、子どもたちにも分け隔てなく接する。『川っぺりムコリッタ』で、緒形演じる社長の沢田は、前科者の山田(松山ケンイチ)から、自分は親と同じろくでもない人間なのかと尋ねられ、きっぱりと否定して「今やめんな」と呼びかける。独特の死生観が底流にある同作で、主人公を現実につなぎとめる重石の役割を果たしていた。 災禍によって癒えない傷を負った人間の姿は朝ドラで繰り返し描かれてきた。『おかえりモネ』(NHK総合)で津波で妻の美波(坂井真紀)を失い、船を流された及川新次(浅野忠信)、『エール』(NHK総合)の原爆投下直後の長崎で被爆者の治療に当たり、自らも被ばくした医師の永田武(吉岡秀隆)は記憶に新しい。戦争や自然災害を扱ったドラマで避けて通ることのできない、想像を超える苦悩を描くとき、それを演じられる力量を持った俳優に声がかかるのは必然といえる。単なる優しさとは異なる包容力と深みは、地に足を着けて一歩ずつ進んだ緒形直人の現在地といえるだろう。『おむすび』で苦悩を背負った孝雄がどんな道を歩むか見守りたい。
石河コウヘイ