こんなのあったの? 知る人ぞ知る「スーパーカー」 ひっそりと “消えた” 珍車 50選 前編
童夢・零(1978年)
1978年のジュネーブ・モーターショーで「童夢・零(ドウム・ゼロ)」が公開されたとき、日本のメーカーがどうしてこんな奇抜なものを作れるのかと、誰もが息をのんだ。 カウンタックよりもクレイジーな零は、残念ながら日本でのホモロゲーションテストを受ける余裕がなかった。2.8L直列6気筒の最高出力は145ps程度とされているが、何と言ってもそのルックスが素晴らしい。
アストン マーティン・ブルドッグ(1979年)
アストン マーティンがブルドッグを発表した当初は、最大25台生産するという話があった。電動ガルウィングドア、最高出力700psのV8ツインターボ(ミドシップ)、そしてありえないほどドラマチックなデザイン(ウィリアム・タウンズの設計)を備えたブルドッグなら、あっという間に完売しただろう。そして何より、最高速度320km/hという性能が実証されれば、当時としては世界最速の市販車になるはずだった。 しかし、開発作業がすべて完了したあと、アストン マーティンの親会社が変わり、作るべきクルマではないと見なされた。そのため1台しか製作されなかったが、しっかりと現存しており、英国の自動車イベントに時々登場している。
ウルフレース・ソニック(1981年)
ウルフレース・ソニック(Wolfrace Sonic)はワンオフ車なので、この記事の趣旨とは少しズレてしまうが、派手な宣伝用マシンとして製作され、今ではすっかり忘れ去られているため、ここで紹介することにした。 ウルフレース・ホイール社の初代オーナーであるバリー・トレーシーの依頼を受け、ニック・バトラーがデザインを担当し、2基のローバー製V8エンジンを搭載した2シーターの六輪車である。 10万ポンドをかけて製作され、ウルフレース社に大きな宣伝効果をもたらしたが、その後姿を消した。しかし、2015年にスクラップに近い状態でオークションサイトのeBayに登場し、1万8100ポンド(現在の為替相場で約350万円)で落札された。