ロールス・ロイス・スペクター 詳細データテスト 品格ある走り 新時代ロールス 革新的EVではない
はじめに
電気自動車が最近になって新たに生まれてきたものだという思い違いは、じつに広く行き渡っている。20世紀初め、裕福なクルマ好きで自動車ディーラーのチャールズ・ロールスとエンジニアのヘンリー・ロイスが運命の出会いを果たしたころ、EVは流行の最中にあった。1899年当時、世界最速のクルマは電動だったしロンドン中心部は電動馬車が行き交っていた。1900年には、アメリカで登録される新車の1/3が電動だった。 【写真】写真で見るロールス・ロイス・スペクターとライバル (16枚) 新たに立ち上げたロールス・ロイス・カーの自動車設計者兼共同経営者として、ロイスがまず手をつけるべき仕事のひとつが、市街地向け内燃エンジン車の開発だった。目指したのは、電動車と同程度のクリーンさや静かさ、スムースさ、使いやすさを備えながら、EVが街乗り馬車代わりに止まっている理由である、充電と航続距離の問題を排除したクルマ。短命に終わったホイールベース違いの2台、1905年のV8ランドレーとレガリミットが、その成果だ。 ロイスは電気技師としての経験から、当時の電動車技術の限界を見抜いて内燃機関へシフトした。以来、数十年に渡り、ロールス・ロイスはどんなライバルよりもスムースで信頼性があり、走らせて楽しい、高級車の頂点に君臨してきた。世界初のパーフェクトバランス直6を積んだ40/50シルバーゴーストは、もはや伝説的存在だ。 ひるがえって現在。創業から1世紀を超えたロールスを取り巻くのは、電動化の波と、1904年当時以上にそれを受け入れる準備が整っている世界だ。そんな状況にあって、ロールスはついに、自社初の電動車を送り出してきた。EVに反旗をひるがえして生まれたメーカーが、沈黙を破って送り出した究極の電動高級車。じっくり品定めしていこう。
意匠と技術 ★★★★★★★★☆☆
ロールス・ロイスのEV転換への流れは、2011年のジュネーブショーで公開された102EXに遡る。7代目ファントムに動力用バッテリーを積み、ゼロエミッションモデルへの顧客の反応を図ったコンセプトカーだ。 スペクターの土台となるのは、ロールスの現行モデルと共通するアーキテクチャー・オブ・ラグジュアリー。2014年に登場した革新的なアルミスペースフレームで、内燃エンジンとEVのいずれにも対応できるよう想定されている。 とはいえ、スペクターのシャシーは、ゴーストやファントム、カリナンのそれとはだいぶ違う。2重バルクヘッドに加え、2層構造のフロアを採用することで、洗練性向上と、静的剛性30%アップを果たした。そのフロアには、120kWhの駆動用バッテリーを搭載する。 ただし、バッテリーの実用容量は102kWhに留めた。一般的なグロス/ネット比だが、これは並外れて長いことが多いロールスのライフスパンに見合った耐久性を持たせるためだ。第5世代のプリズマティックバッテリーを使用するが、これはすでにBMWの電動モデルで広く使用され、品質と耐久性に定評があるからだ。 電気系は400Vで、ポルシェやアウディ、ヒョンデやキアが採用する800Vに対し、直流急速充電のスピードは落ちる。だが、高圧回路を組み込めば、構造はより複雑になり、重量も増してしまうというデメリットを顧客に正当化できない、との判断だ。 フロントに259ps、リアに490psの駆動用ハイブリッド同期モーターはを積む。この組み合わせは、BMW i7 M70と同じだ。585ps/91.3kg-mという総合スペックは控えめに思えるが、バッテリーの耐久性やクルマの性格に合わせた設定だと言える。 ロールスの顧客は、買えるうちで最もパワフルなクルマを求めているわけではない。それに、ブラックバッジモデルを除けば、このスペクターがロールス最強ラインナップだ。 ゴーストのプラナーサスペンションのアダプティブ仕様がベースとなる足まわり。ダンパーとエアスプリングはアダプティブ制御、スタビライザーはアクティブ制御で、四輪操舵も標準装備される。ホイールは22インチが標準仕様で、オプションでは23インチも設定。タイヤはロールス専用の、ノイズキャンセリング機能付きランフラットだ。 テスト車の実測重量は2935kgで、カタログ値から45kgのプラスだが、装着オプション一覧を見れば納得できる。とはいえ、2018年に計測した8代目ファントムに比べて155kg重いにすぎないのだが。