「ズボンに沼津を入れといてくれ」を一瞬で理解する75年愛…百合子妃が遺した三笠宮崇仁親王との夫婦漫才
■彬子女王が聞き手をつとめたオーラルヒストリー まず、この本の編者は「三笠宮崇仁親王伝記刊行委員会」となっているが、その委員長をつとめたのは、今話題の彬子女王である。彬子女王は三笠宮夫妻の孫にあたる。 皇族が委員長だということになると、名目だけという印象を受けるかもしれないが、彬子女王はオックスフォード大学で博士号を取得した歴史学の研究者である。したがって、先頭に立って伝記刊行の実務にあたっている。 彬子女王は、百合子妃に対する談話の中心的な聞き手にもなっている。しかも、それを「オーラルヒストリー」と位置づけている。対象者にインタビューを重ねる聞き書きは、それぞれの学問分野で昔から行われてきているが、昨今では、とくに政治学の世界で注目され、実践されるようになってきた。彬子女王も、そのことを踏まえ、談話をあえてオーラルヒストリーと呼んでいるに違いない。 政治学でのオーラルヒストリーは、研究者が一人の政治家に対して行うものだが、百合子妃に対するオーラルは、皇族が皇族に対して行ったもので、その点で希有な試みである。しかも、その場には、彬子女王だけではなく、百合子妃の二人の娘、近衛甯子(やすこ)、千容子(まさこ)両氏も同席していることが多かった。その分、オーラルは和気あいあいとした雰囲気のなかで進行していき、それはまるで「女子会」のようである。 ■三笠宮家のアイドルのような崇仁親王 女子会だというのも、話題の中心は崇仁親王というひとりの男性であり、その場に集まった妻、娘、孫が、それぞれの立場から愛をもって語っているからである。崇仁親王は、三笠宮家のアイドルのような存在なのだ。 しかも、興味深いことに、女性たちは立場が異なる。百合子妃は皇族に嫁いだ経験をもち、2人の娘は皇族から離れた経験をもっている。そして、孫である彬子女王は、皇族として生まれ、現在でも皇族にとどまっている。 皇族の伝記本ということになると、堅苦しいものを予想するが、彬子女王は冒頭の「謝辞」で、三笠宮夫婦にまつわるとっておきのエピソードを披露している。それは、オーラルのなかでも語られていない話である。 三笠宮は、頭の回転がはやすぎるのか、考えていることと口に出すことが一致しないことがよくあった。「ハンカチ、ハンカチ」とハンカチを探しているはずなのに、それが万年筆であったりするのだ。 とっておきは、旅行の準備をしているとき、百合子妃にむかって「ズボンに沼津を入れといてくれ」と言い出した話である。意味が分からないので、普通なら聞き返すはずだが、百合子妃は、それは「万年筆にインクを入れておいてくれ」だと解釈し、それが正解だったというのだ。 75年も連れ添えるだけの息のあった夫婦ならではのことだが、実は私の妻には三笠宮のようなところがあり、キュウリと言ってピーマンをさしていたりするので、このエピソードにはとても興味をもった。