還暦を過ぎた事件記者が保育士を目指す ポケットにセブンスターいざ短大入学式へ
■目薬はいずこ 眼前で起きるすべてを一瞬たりとも見逃すまい。瞬きを極力控えていたため目の乾きも尋常ではありません。愛用の目薬の出番です。スーツの右ポッケにいつも忍ばせています。手を突っ込んで探るも見つからない。指先に触れるのはライターにセブンスター、靴べら、絆創膏、おクスリの入ったパケ(小さなポリ袋)……。 忘れたか。いや、きっとあるはずだ。 壇上の学長さんらのありがたいお話を拝聴しながら、ポッケの内容物をひとつずつ出しては入れを繰り返しました。 セブンスターの箱を取り出すと、その下に目薬が隠れていました。この野郎、手間を取らせやがって。数滴差し終えて周囲を見渡すと、みなさん膝の上に両の拳を乗せ、微動だにしていません。落ち着きのないのは当方ばかり、不明を深く恥じるのでした。 入学式を終え、当方を含む保育学科の新入生約90人はオリエンテーション会場の教室に移動します。その教室は、当方より8歳だけ若い1966年にできた建物の5階にあります。エレベーターは1基しかありません。しかもコロナ禍のさなかで、感染拡大防止のため乗る人数が3人までに制限されている。順番を待っていてはオリエンテーションの開始時刻に間に合わない。 よし、階段で行こう。 頑健なる63歳の心身を若い衆に見せつける好機だ。2段飛ばしで駆け上がり始めましたが、3階に達したところで息が上がり、ふくらはぎと腰に痛みが生じて進めなくなりました。階段の手すりにもたれかかって小休止する当方を、若者が憐憫の笑みを浮かべながら次々と抜かしていきます。 ふう。 階段を上りつめ、なんとかオリエンテーション会場にたどり着きました。木の床を踏みしめるとぎしぎしと音がします。使い込まれた木製の机と椅子にも味がある。さて、どこに座るのやら。入学式でもらった名刺大のカードで確認します。「ご入学おめでとうございます」のメッセージ付きのそれには「クラス 1組」とあります。