2025年、さらなる飛躍誓う金メダリストたち パラスポーツ
日本の障害者スポーツ界は昨年、パリ・パラリンピックで2021年の東京大会を一つ上回る14個の金メダルを獲得した。地元開催だったパラスポーツの祭典の勢いもつなぎ、悲願を果たしたパラアスリートたち。金メダリストたちは2025年、更なる飛躍を期す。【川村咲平】 【写真でたっぷり】パリ五輪・パラ選手パレードの様子 ◇「夢物語」第2章 車いすテニス・小田凱人=東海理化 車いすテニスという競技の枠を超えたパラスポーツ界のニューヒーローだ。パリ・パラリンピックで男子シングルスを18歳で制した。2025年、早くも「生涯ゴールデンスラム」に挑む。 一度は相手にマッチポイントを握られながら逆転勝利を収めると、自ら車いすのタイヤを外してコートに倒れ込んだ。パリの名所・凱旋門(がいせんもん)にちなんだ「凱人(ときと)」の名前を持ち、「宿命」と位置づけ、初出場だった24年パリ・パラリンピックで金メダルに輝いた。 会場は全仏オープンの舞台にもなるテニス界の「聖地」の一つ、ローランギャロス。「(車いすテニスが)オリンピックを超える存在になると思うし、僕がそうしないとダメ」。ほぼ満員に埋まった客席からの大歓声こそ、目指してきたパラスポーツの新しい扉を開いた証しだったろう。なお、試合直後に発した「やばい、かっこよすぎる俺」は昨年の新語・流行語大賞の候補にも挙がった。 9歳で左股関節に骨肉腫を発症し、骨の一部を切除して人工股関節を入れた。11歳でがんが肺に転移し、再び治療を受けた。入院中から、38歳で4大大会とパラリンピック(健常者は五輪)を制する「生涯ゴールデンスラム」を、車いすテニス男子で初めて達成した国枝慎吾さんに憧れてラケットを握り、15歳でプロ転向を宣言した。 170キロを超えるサーブと力強いストロークを武器に頭角を現し、国枝さんが引退した直後の23年に全仏オープンとウィンブルドン選手権を制した。24年は全豪オープンで優勝し、全仏を連覇し、パラリンピックも制覇。今年は8月開幕の全米オープンで優勝すれば、19歳での生涯ゴールデンスラム達成となる。 テレビCMにも起用され、ファッションショーにも出演し、コート外の存在感も高まっている。「これまで誰もいなかった感じで、プレー以外のこともやっていきたい。新しいスタイルで人生を進みたい」 自らの人生は「夢物語」と語るヒーロー。パリの金メダルで幕を閉じた「第1章」に続き、今年はどんなページを刻むか。 ◇魅力普及へ胸張る 車いすラグビー・池崎大輔=三菱商事 日本の車いすラグビー界は昨年、パリ・パラリンピックで歴史を塗り替えた。銅メダルに終わった東京大会から3年を経て、悲願の金メダルを獲得した。しかし、長年日本を支えてきたエースの「ゴール」は、まだ先にある。 パリ大会の決勝で米国に勝利した瞬間、その胸にも喜びがこみ上げた。もちろん、ずっと目標で口にしてきた「金メダル」を手にしたからだ。だが、理由はそれだけではなかった。 6歳の時、手足の筋力が次第に低下する進行性の難病「シャルコー・マリー・トゥース病」が判明し、車いす生活になった。最初に始めたのは車いすバスケットボールだった。1995年、地元・北海道の養護学校で高等部に在籍していた時のことだ。だが、病の進行でシュートがリングまで届かなくなった。 新たな活躍の場を求め、2008年にラグビーへと転向した。持ち味のスピードと瞬発力を生かし、12年のロンドン大会で初めて日の丸を背負った。 瞬く間に日本のエースに成長し、パリ大会も主将としてチームの先頭に立つ池透暢(ゆきのぶ)選手(44)と共に「イケイケコンビ」と呼ばれ、競技の「顔」にもなった。16年リオデジャネイロ大会で初めて銅メダルを獲得し、21年の東京大会も銅。ただ、「金メダリストだからこそ、言えることがある」と頂点にこだわってきた。 4回目の大舞台となったパリは、常にコート内で動き回っていた東京までと立場が変わった。22歳の橋本勝也選手ら若手の台頭もあり、ベンチから見守る時間が増えた。「主役」が代わる時が近づきつつあるとも感じた。「日本は強くなったな」。ずっと願っていた次世代の成長にも触れ、パリは無性にうれしかった舞台でもあった。 とはいえ、「金メダルは通過点」と強調する。そして、金メダルに輝いたからこそ、胸を張って言いたいことがある。「パラスポーツという素晴らしい世界で、夢を持って人生を歩めるんだよ」。競技の魅力を届けるために、23日に47歳となる第一人者の挑戦は続く。 ◇4大大会優勝、再び 車いすテニス・上地結衣=三井住友銀行 昨年のパリ・パラリンピックの車いすテニス、4度目の大舞台で悲願の金メダルを手にした。女子のシングルスとダブルスの2冠に輝いた30歳は今年、5年ぶりの4大大会優勝の期待がかかる。 パリのシングルス決勝の相手は近年、絶対王者として君臨してきたオランダ選手だった。ここ3年間以上勝てていなかったが、「挑戦する気持ちをすごく大きく持って挑めた」という直前の大会で連敗を止めていた。そして、2021年の東京に続き、2大会連続で同じ顔合わせだったパリの決勝で見事に雪辱した。 先天性の潜在性二分脊椎(せきつい)症で小学4年から歩くのが困難になった。11歳の時、姉の影響で車いすテニスを始め、12年ロンドン大会に初出場して以来、女子の第一人者として日本の車いすテニス界をけん引してきた。 パリは田中愛美選手(28)と組んだダブルスも優勝した。ただ、シングルスでの4大大会優勝は20年全仏オープンが最後となっている。パリで長年のライバルを退けた金メダリストは、今年も新たな栄光を目指す。