韓国の大混乱で注目、「戒厳令」はなぜ必要か…日本には規定なし、運用誤ると独裁に道
韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が12月3日夜、突然、「(野党側の言動は)内乱を企てる明白な反国家行為だ」などとして、非常戒厳を宣言しました。韓国では1980年以来、44年ぶりとなる戒厳令の布告です。その後、韓国国会は憲法の手続きに従って非常戒厳の解除を議決し、宣言はわずか数時間で効力を失いました。この「戒厳令」は韓国に限らず、これまで多くの国で出されています。戒厳令、およびその発令を可能とする憲法の緊急事態条項について、やさしく解説します。 【図】先進国で「戒厳令」を規定している国はどこ?ところで日本は? (フロントラインプレス) ■ 韓国で出された「戒厳令」、そもそもなに? 戒厳令(martial law)とは、戦争・紛争や内乱、大災害など平穏な日常とは異なる非常事態に際し、通常の立法・司法の全部、または一部を一定期間停止し、それらの権能を政府(行政)や軍部に集中させる法令を指します。 戒厳令が発令されると、国民の権利は大きく制限され、外出やデモ・集会などは自由にできなくなります。外出禁止令(curfew=カーフュー)が出ることも珍しくありません。法律と同等の効力を持つ命令が議会の審議を経ずに発令され、テレビや新聞などの報道機関は政府・軍部のコントロール下に置かれることも多々起きます。 近代国家は、国民の人権を保護・保障し、その範囲を拡大することで強固な民主主義社会を築き上げてきました。それなのに、なぜ、議会を停止したり、人権を制限したりする権限を国家に与えてきたのでしょうか。 多くの場合、戒厳令の根拠は憲法に示されています。 専門家の解説を引用してみましょう。
■ 韓国だけじゃない、先進国で「戒厳令」がある国は? 憲法学者で駒澤大学名誉教授の西修氏は自身の論文のなかで、憲法の国家緊急事態条項を「戦争、外部からの武力攻撃、内乱、組織的なテロ行為、重大なサイバー攻撃、経済的な大恐慌、大規模な自然災害、その脅威が広範に及ぶ伝染病など、平時の統治体制では対処できないような国家の非常時にあって、国家がその存立と国民の生命、安全を守るために、基本的人権の一時的制約をふくむ特別な措置を講じることができる条項」と定義しています。 予想もしていなかった危機を乗り越えるためには、一時的に国家の権限を拡大し、三権分立や国民の人権に制限をかけてでも、命を守ることを優先しなければならないという考え方です。 西氏によると、こうした思想の源流は欧州、とくにドイツで発達し、その後、各国の憲法に盛り込まれるようになりました。 日本の国立国会図書館・調査及び立法調査局が2023年に公表した「諸外国の憲法における緊急事態条項」によると、「非常事態」「国家緊急事態」「防衛事態」といった名称で多くの国が憲法で緊急事態に関する条項を定めています。 経済協力開発機構(OECD)に加盟する38カ国で見ると、緊急事態条項を憲法に盛り込んでいるのはアイルランドやイスラエル、イタリア、スペイン、ドイツ、フランスなど30カ国。全体のおよそ8割を占めています。 これに対し、米国や英国など8カ国は憲法に緊急事態に関する定めがありません。ただし、米英とオーストラリア、カナダ、ニュージーランドなどは国家の非常事態に関する法律を制定しており、危機の場合は行政に多くの権限を与えます。 国会図書館の同資料によると、憲法に規定がなく、独自の法律も持っていないOECD加盟国はノルウェーとベルギー、そして日本だけです。