韓国の大混乱で注目、「戒厳令」はなぜ必要か…日本には規定なし、運用誤ると独裁に道
■ ロシアと戦争中のウクライナはいまも戒厳令下 戒厳令はこれまで、多くの国で発令されてきました。近年でも多くの実例があります。 ロシアとの戦争が続くウクライナでは、戦争開始以来、戒厳令が10回更新され、現在も戒厳令下にあります。戒厳令下では18~60歳の男性の出国が禁止。さらに国政選挙も禁じられているため、今年5月に任期満了を迎えたゼレンスキー大統領は任期切れ後もその座に留まる状況が続いています。 2021年に軍部がクーデターを起こしたミャンマーでも、権力を掌握した軍部は市民の反対活動を封じ込めるため、首都ヤンゴンなどで戒厳令を発動しました。 2016年に起きたトルコのクーデターでは、国軍の反乱勢力が首都アンカラや最大都市イスタンブールなどで要所を支配。国営テレビも占拠し、アナウンサーを通じて戒厳令の発令、憲法の停止と新憲法の制定などを表明しました。反乱は短期間で鎮圧されましたが、北大西洋条約機構(NATO)にも加盟する国で起きた事態は、世界に大きな衝撃を与えました。 厳しい戒厳令で知られているのは、南米のチリです。 チリでは1973年9月11日、米国の後押しを受けた国軍がクーデターを起こしました。国軍は大統領府を攻撃し、その中でアジェンデ大統領が死亡。一方で大統領を支持する市民はスタジアムに集められ、数千人が軍に殺害されたと言われています。 全権を掌握したピノチェト将軍は戒厳令を発令し、徹底的に反対派を締め上げました。米国ニューヨークで2001年9月11日に起きたテロ攻撃より30年近くも前の「もう一つの9.11」です。 チリの軍政は1990年まで続き、軍政に抗議する市民約3万8000人が拘束・拷問され、処刑による死者や行方不明者は3200人に達しました。 この間、「国が反政府勢力の攻撃を受けている」などの理由で何度も戒厳令が発令。夜間の外出禁止が続く中、その時間を1分でも過ぎると、軍は市民に銃を向けたとされています。 この間の悲惨な出来事は、後にノーベル文学賞を受賞する作家ガルシア・マルケスが「戒厳令下チリ潜入記」として記録に残したほか、数多く映画や小説の題材にもなりました。 日本では今、日本国憲法の改正論議のなかで、緊急事態条項の新設を認めるかどうかが焦点の1つになっています。 予期しない出来事が起きたとき、どのように対応するのか。緊急事態条項は「平時の統治体制では対処できないような国家の非常時にあって、国家がその存立と国民の生命、安全を守るため」(前出・西氏)だとしても、権力が暴走した国際社会の歴史も振り返りつつ、多角的で深い議論がいっそう必要になることはいうまでもありません。 フロントラインプレス 「誰も知らない世界を 誰もが知る世界に」を掲げる取材記者グループ(代表=高田昌幸・東京都市大学メディア情報学部教授)。2019年に合同会社を設立し、正式に発足。調査報道や手触り感のあるルポを軸に、新しいかたちでニュースを世に送り出す。取材記者や写真家、研究者ら約30人が参加。調査報道については主に「スローニュース」で、ルポや深掘り記事は主に「Yahoo! ニュース オリジナル特集」で発表。その他、東洋経済オンラインなど国内主要メディアでも記事を発表している。
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