殺人犯・クラシコフの釈放に固執したプーチン政権の損得勘定
バイデン政権との合意模索
「ワシントン・ポスト」や「ウォール・ストリート・ジャーナル」は交換釈放をめぐる米露交渉の内幕を伝えた。 それによれば、プーチンは2021年6月にジュネーブでジョー・バイデン大統領と会談した際、両国の情報機関が囚人交換について話し合うチャンネルを作ることを提案。緊張緩和を望んだバイデン氏も同意し、2022年4月に最初の囚人交換が行われた。 交渉はロシア・ウクライナ戦争下でも続けられ、投獄中の反体制運動指導者、アレクセイ・ナワリヌイとクラシコフの交換釈放の動きがあった。これは、ヒラリー・クリントン元米国務長官が働き掛け、バイデン政権も乗り気だったという。しかし、ナワリヌイは今年2月、極北の刑務所で謎の死を遂げた。 交換釈放には、ベルリンでの殺害事件で国家主権を侵害されたドイツが抵抗したが、オラフ・ショルツ政権は①米欧の連携重視②ドイツ人囚人もベラルーシから釈放される③ロシアの著名反体制活動家が含まれる――ことから、超法規的措置に同意した。 ロシアはドナルド・トランプ前大統領が大統領に復帰すれば、交換釈放が難しくなるため、バイデン政権との合意を望んだ模様だ。トランプは選挙演説で、「大統領に当選すれば、ゲルシュコビッチ記者は無条件でロシアに釈放させる」と述べており、クラシコフとの交換取引が難しいと判断したようだ。CIAとFSBはトルコで交渉し、7月に24人の交換釈放で合意に達した。
各国の内政的要因
米ソ間では1985年、今回より多い計29人の交換釈放が行われた。それがミハイル・ゴルバチョフ、ロナルド・レーガン両首脳の信頼関係を築き、同年11月の米ソ首脳会談につながり、冷戦終結プロセスが始まった。しかし、今回はプーチン、バイデン両政権の内政上の打算が大きく、米露関係の転機になるとは思えない。 ロシアの政治評論家、タチアナ・スタノバヤは米カーネギー国際平和財団のサイトに寄稿し、「今回の交換釈放は、離婚した夫婦が資産を分割するようなもので、ウクライナ戦争などへの影響はない。クラシコフを取り返したいというプーチンの強い希望を受けて実現したが、ロシアは野党指導者を何人か釈放し、譲歩しすぎと国内で批判を受けるリスクがある」と分析した。 確かに、交換釈放は米露両国の内政的な要請が大きかった。プーチンは愛国主義や忠誠心をアピールする効果があったし、大統領選出馬を断念したバイデンも米市民救出の成果を掲げ、レームダック化を回避しようとしている。 ロシアのジャーナリスト、アレクサンドル・バウノフは独立系メディア「メドゥーザ」(8月6日)で、「バイデン政権がプーチン政権から自国民を救出できたことは、カマラ・ハリス大統領候補にとって大きなポイントとなった。『民主党政権はプーチンと交渉する方法を知らない』というトランプ候補の批判をかわすことができた」と指摘した。 ロシアの政治専門家、ミハイル・トロイツキー・ハーバード大学客員研究員は「メドゥーザ」で、「ロシアは今回、無実または微罪で逮捕した西側市民と、重罪で有罪判決を受けたスパイを交換する戦術が依然有効であることを示した。中国やイラン、北朝鮮がこのような囚人交換をしないことからすれば、ロシアの人道主義が中国などより優れているともいえる」と皮肉った。