殺人犯・クラシコフの釈放に固執したプーチン政権の損得勘定
釈放後はロシアで厚遇
釈放後、ロシアのドミトリー・ペスコフ大統領報道官は記者団に、クラシコフがFSBの要員であることを初めて認め、FSBと米中央情報局(CIA)が交換釈放を交渉したと指摘。「多くの人々の努力の結果、彼らは祖国に戻る機会を得た」と語った。 これまで交換釈放で帰還したロシアの工作員らはその後、国家によって優遇されている。 米バスケットボールの著名選手と交換で米国から帰国した武器商人のビクトル・バウトは地方議会議員になり、ビジネスコンサルタントをしている。“裏切者”の元FSB工作員アレクサンドル・リトビネンコを放射性物質のポロニウムで殺害したアンドレイ・ルゴボイは下院議員になり、米国で非合法工作員をしていたエレナ・バビロワはノリリスク・ニッケルの顧問で、著作を出版した。同じく非合法工作員のアンナ・チャップマンは帰国後テレビタレントになり、西側批判の陰謀論を展開している。 クラシコフら8人も「祖国への貢献」が評価され、厚遇されそうだ。 交換釈放されたロシアの野党活動家、イリヤ・ヤシンは移送先のドイツのボンで記者会見し、「今度はクラシコフが海外にいるわれわれを殺しにやって来るだろう」と際どいジョークを飛ばした。
プーチンの元ボディーガードか
オランダに本部を置く調査報道機関、「ベリングキャット」によれば、クラシコフはプーチンと射撃場で知り合い、プーチンが射撃練習するのを見ていたという。2014年のウクライナのマイダン革命では、抗議デモの現場にいたとされる。モスクワでは、BMWとポルシェの高級車を所有。2度結婚し、3児の父で、定期的に海外出張していたという。一部の西側情報機関は、クラシコフは以前、プーチンのボディーガードだったと見ている。 プーチンは16年間旧ソ連国家保安委員会(KGB)に勤務したが、「チェキスト」(情報機関員)には退職がなく、永遠にチェキストといわれる。交換釈放実現により、海外で危険な任務に就き、逮捕されても、国家は絶対に見捨てないことを誇示し、工作員の士気を高める効果がある。 プーチンはクラシコフ解放に全力を挙げるよう指示していたようだ。米紙「ニューヨーク・タイムズ」(電子版8月3日)は、「プーチンのKGBでの過去は、ロシア指導者としての彼のアイデンティティーの核心だ。それは囚人交換でも明らかだった」と指摘した。 米紙「ワシントン・ポスト」(電子版8月1日)は、交渉に当たった米当局者の話として、「プーチンはクラシコフのことしか頭になかった」「クレムリンはクラシコフ解放のため、より多くの囚人を渡す用意があった」と伝えた。 今回、欧米側は8人、ロシア側はその倍の16人を解放しており、ロシア側が譲歩した印象を与える。しかし、西側は、取材中に突然逮捕され、裁判で16年の刑が確定した米紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」のエバン・ゲルシュコビッチ記者や、知人の結婚式でロシアに行った際逮捕された元米海兵隊員のポール・ウィランら無実の市民を解放させるためにロシアの重罪犯を釈放しており、多くの問題を残した。今後、ロシアが工作員釈放のため、無実の米国人を逮捕して交換釈放の条件にする「人質外交」に着手する可能性があるからだ。