実物の「その人」を知ることから。異色のダンスステージ、その舞台裏
ダンスの掛け声は「ラーメン食べたい」
休憩時間も、懸命に振り付けを確認するダンサーたち。その中に、声を掛け合いながら練習に励む2人がいた。車椅子モデルとして活躍する鳥居百舌さんと、市ヶ尾高校2年の藤田美優さんだ。2人はリズムに合わせて言う。 「ラーメン食べたい、ラーメン食べたい」 くり返し、手首を回しながら耳にかけるような動作をしている。息がピッタリ合ってきた。同じパートを担う2人だが、初回のリハーサルではお互いに不安を感じていたと言う。ところが、百舌さんの振りを見た美優さんが声を掛け、すぐに打ち解けることになる。 「パラリンピックの開会式で、車椅子のパフォーマンスを観たことはあったんですが、こんなかわいい女の子がアクロバティックな動きをするからびっくりして。気がついたら『すごいね!』と声を掛けていました」と美優さん。 百舌さんは、当時の心境をこう振り返った。 「わたし、車椅子をこぐのが好きなんです。スピードを出したり、くるくる回ったりするのも楽しい。好きなことを褒められたから嬉しかった。新しい挑戦だと思って、頑張っています。華麗な車椅子さばきを見てほしいです」 百舌さんは、生まれつき総排泄腔外反症と脊髄髄膜瘤という2つの難病を持ち、車椅子や足に器具を付けながらの生活を送っている。彼女は、今回唯一のダンス未経験者だ。 「簡単なダンスをTikTokにアップしたことはありました。でも本格的なダンスをするのは初めてです。最初は不安もありましたけど、運営メンバーの方々がすごく温かく迎え入れてくれて。リハーサルを重ねるごとに、ダンスの楽しさを感じるようになってきました」 一方、美優さんは言う。 「せっかくいただいた機会だから、いろんな人に積極的に声を掛けようって決めていたんです。最初にできなかったら、そのあともできないと思って。好奇心が強いのかもしれません」
高校2年生の彼女は、部活の顧問から「True Colors DANCE 2024」のことを聞き、参加を決めたという。市ヶ尾高校はダンスの全国大会に出場する名門校の一つ。美優さんは2023年の全国大会の作品づくり(振り付けや演出)を担当した。 「ラーメン食べたい」という独特な掛け声を考案したのも、美優さんだ。 「手首を回す振りがあるんですが、他の動きもしながらなので難しいんですよ。百舌ちゃんと一緒に覚える方法を考えてたら、ラーメンを食べる時に髪を耳にかける仕草と似てない?ってなって。以来、『ラーメン食べたい』が合言葉になりました」 普段のダンス部での練習でも合言葉を使うことはある。だが、プロジェクトに参加して、さらに伝え方や見え方を考えるようになったと言う。 「これまでは自分がどう見えているかを考えて踊っていました。でも今は、全体がどう見えているかを想像することが多くなっていて。みんなで踊ってるんだって意識がより強くなった気がします」 プロジェクトが理想として掲げる「居心地の良い社会の実現」。2人にとっての「居心地の良い社会」のあり方を聞いてみた。 「目の前にいる『その人』を知ることが大事だと思います。理解まではいかなくても、まずは把握してもらう。そうすることで、居心地のいい社会につながるんじゃないかな。たとえば、私は目立ちたがり屋だからステージに立つことを選んでいるけど、障害がある方の中には恥ずかしがり屋だって、人見知りだっている。いろんな性格の人がいることは、障害があってもなくても同じだと思うから」 美優さんも続く。 「障害の有無とか、性別とか、年齢とか。そういうの全部関係なしに、みんなが好きなこと、やってみたいことに挑戦できる社会は『居心地が良い』かもしれません。そういう場が一つあるだけで、きっと毎日楽しく過ごせるのかなって」