ジョー・アーモン・ジョーンズが語る、UKジャズと人生を変えたレゲエ/ダブの原体験
ダブ・エンジニアの巨匠から学んだこと
―レゲエのキーボーディストやピアニストで特に研究した人などはいますか? ジョー:それより、僕がダブでいちばん好きなのはエンジニアなんだ。だから、ダブにおいて僕がもっとも影響を受けたのは、リー・スクラッチ・ペリーやキング・タビーのような人たち。彼らはサウンドを創り出し、ミキシングデスクで即興を奏でる。ミキシングデスクが彼らの楽器なんだ。ミュージシャンが演奏をすると、彼らがその音を取り込んで、次のレベルへと引き上げてくれる。ミュージシャン自身がたくさんの音を足すわけではないというところが重要だよ。そうすることで、音符と音符の隙間に空間が生まれて、そこでエンジニアが即興演奏をすることができるからね。ジャズの世界では、一般的に奏者が崇拝されがちだけど、レゲエにおいては、僕はエンジニアを崇拝している。このジャンルでは、次のレベルへと押し上げてくれる存在だからね。それに、よくエンジニアがレコードカバーを飾ったりするんだよ。立場が逆転するというかね(笑)。僕もその影響を受けて、もっとエンジニアリングやミキシングについて学びたいと思うようになったんだ。ミキシングデスクを楽器としてどう使うか、その仕組みについて学ぶことは、本当に素晴らしいプロセスだったね。 ロックダウンになった時、パートナーのお父さんからミキシングデスクをタダでもらって、それを使って学び始めたんだ。それがきっかけでさらにハマってしまって、オンラインでミキシングデスクを探しまくって、機材のウェブサイトばかり見ていたよ(笑)。それでついに、自分が気に入るミキシングデスクを見つけたんだ。古いSoundcraftのSeries 500Bというすごく良いデスクだよ。今後長く使っていくものになると思う。 ―では、そのダブのエンジニアが作った、もしくはミックスした曲で、今の自分のプレイスタイルに特にインスピレーションを与えてくれた曲はありますか? ジョー:曲というより、むしろスタジオそのものという感じかな。Black Ark Studioは独特のサウンドを持っていると思う。ちょっと傲慢に聞こえるかもしれないけど、レゲエやダブをたくさん聴いている人なら、Black Arkで録音された音はすぐに分かると思う。ミュージシャンが演奏したものをリー・スクラッチ・ペリーがミックスするとすぐにわかる。でも、その音を生み出せる場所は今ではもう存在しないんだけど。 キング・タビーのスタジオには個性があったし、そこで録音された音には独特のサウンドがあった。リー・スクラッチ・ペリーのスタジオもそうだよね。ジュニア・マーヴィンの「Cross Over」という曲があるんだけど、それにはリー・スクラッチ・ペリーのダブ・バージョンもあって、素晴らしい音の世界が広がっている。どう表現していいか分からないような、とにかく変わったパーカッションがあって、それがリズムというより、曲のバックグラウンドになっているような感じ。こういう音の世界は本当に刺激的で、僕にインスピレーションを与えてくれるんだ。 ―なるほど。 ジョー:僕がミックスのやり方を学んでいた時、実際に曲をミックスしながら、「どれくらいエコーをかけるべきか?」「こういう曲には、どのくらいのスペースが必要なのか?」って考えていた。その時に気付いたのは、そこにルールはないということ。彼らは、自分たちが良いと思えるサウンドを作っていただけなんだ。僕のミックスと彼らのミックスを較べると、彼らの方は低音が強くて、僕の方は高音が多いという感じかな。特にリー・スクラッチ・ペリーのミックスは、高音がカットされていることが多い。恐らく、彼が何度もテープを通していたからじゃないかと思うんだ。テープを通すたびに少しずつ高音がカットされていく。それを続けて3回も繰り返したら、最終的にかなりの高音がカットされる。当時のエンジニアは「これはよくないミックスだ」って思ったかもしれないけど、でもそのサウンドだからリー・ペリーは最高なんだよ。レゲエには特定のやり方があるわけではなくて、自分のやり方を貫いて、自分のパーソナリティを音に刻み込むことができる。 ―実験性とも言えるような独自性がレゲエにはあると。 ジョー:70年代のファンクやジャズを聴いてから70年代のレゲエを聴くと、その世界観はまるで違ったものになっている。レゲエはもっとベースが強くて、ドラムも厚くてキックドラムももっとパワフルだからね。今ではそれが当たり前に感じるようになっているのは、レゲエが与えた影響がすごく大きいからだと思う。当時は、レゲエがダンス・ミュージックにどれほど大きなインパクトを与えたか、それに気付いている人は少なかったと思う。強くてパワフルなベースラインといったコンセプトが、ものすごく大きな影響を与えているんだよ。それにドラムもパワフルで、鼓動に響いてくるものでなければならない。今では誰もが、ベースは削るべきじゃない、と感じるようになった。昔のダブ時代の作品を聴き直して、ミックスというものの重要性を考えるのが大事だと僕は思うんだ。歴史的に見てみると、ダブが登場した時期には、奇抜なミックスだと思われていた。でも、20年後にはみんなそれをやっていた。フットワークが良い例だね。バスドラのキックとサンプリングしたボーカルだけ、他には何もないといった、すごくミニマルなスタイル。それはサウンドの進化を物語っているんだよ。 ―例えばデニス・ボーヴェルやマッド・プロフェッサー、エイドリアン・シャーウッドといったイギリスのダブからの影響もあるんじゃないかと思うのですが。 ジョー:うん、確かに。君がリストアップしたエンジニアたち、イギリスの優れたエンジニアたちもそれぞれ独自のサウンドを追求していると思う。例えば、マッド・プロフェッサーはスプリング・リヴァーブをあまり使わず、別のリヴァーブを使うことで有名だよね。キングストンのサウンドをコピーするのではなく、自分自身のやり方でサウンド作りをしていた。彼らは独自のやり方で、音楽の可能性を拡げたんだ。ジャー・シャカもそうだね。彼が手がけたレコーディングやチューンは、彼のサウンドシステムのために、もっと言えば彼がプレイするために作られたものなんだ。すごくインスピレーションを与えてくれる。 エイドリアン・シャーウッドも良い例だ。彼の音楽は、他の誰とも似ていない。1年くらい前に彼の家に遊びに行ったんだけど、素晴らしい体験だったよ。彼と一緒に腰掛けて、壁に飾られたレコードを眺めながら、彼が関わってきたすべてのことを感じ取ることができた。それに、彼は本当に素敵な人なんだ。本当に優しくて、誠実で。レゲエ・シーンでよく感じることなんだけど、人の良さというのかな。レゲエ・シーンではあまり大きなお金が動くことはないし、これまでもそんなことはなかった。レコードを作ってもラジオのパワープレイになったりヒットを飛ばしたりということはないし、お金儲けや高額な契約を手にすることができるわけでもない。ポップ・ミュージックのようにはいかないから、みんな本当にレゲエを愛しているからこそやっているんだよ。ロンドンのジャズ・シーンも、そういう意味ではレゲエ・シーンと似たようなところがある。大きなお金が動くような場所ではないから、みんなジャズが好きで、この音楽をやっている。だから、音楽を愛しているからこそ続けているような人たちに出会うと、それだけですぐに仲良くなれる理由になるんだよね。