ジョー・アーモン・ジョーンズが語る、UKジャズと人生を変えたレゲエ/ダブの原体験
今やUKを代表するバンドになったエズラ・コレクティヴ。最新アルバム『Dance, No Ones Watching』を携えてのツアーでは、収容人数12500人を誇るOVAウェンブリー・アリーナも沸かせた。そのメンバーである鍵盤奏者のジョー・アーモン・ジョーンズは、誰よりもソロ活動に積極的で、ヌバイア・ガルシアなどの音楽を支えてきた。 【画像を見る】ローリングストーン誌が選ぶ「歴代最高の500曲」 彼はUKジャズシーン屈指のプレイヤーでありながら、ソロ活動では一貫して独自の路線を突き進んできた。デビュー作『Starting Today』(2018年)の時点でレゲエやダブの要素を積極的に取り入るだけでなく、同年にダブ化した『Starting Today in Dub』をリリースしたことに象徴されるように、ジャズとレゲエを融合させる程度の次元ではなく、レゲエの文化にどっぷりつかりながら活動していた。12月にリリースされた最新EP『Sorrow』でもその探究は続いているし、11月に来日した彼のライブを観て、そのレゲエ/ダブ成分の濃厚さに驚かされた。 そんな彼と話をするなら、レゲエとの関係をしっかり聞くべきだろうと考えて行ったのがこの取材だ。ジャズの話はほぼ出てこない。ひたすらレゲエの話で埋め尽くされたような記事だが、だからこそ彼のレゲエとダブに対する本気度と、造詣の深さをようやく記すことができた記事だとも言えるだろう。そして、ジョー・アーモン・ジョーンズの音楽が、レゲエと様々な文化が深く根付いたイギリスからしか出てこないものでもあることもわかるはずだ。彼の話は最終的にダブステップとグライムに辿り着く。結果的に、イギリスの音楽を読み解くための貴重な記事になったと思う。 * ―最初にレゲエに夢中になったところから訊かせてもらっていいですか。 ジョー:18歳か19歳の頃に(※ジョーは93年生まれ)、ロンドンで”University of Dub”というクラブイベントがあることを知って。例えばアバ・シャンティ・アイやチャンネル・ワン、アイレーション・ステッパーズといったアーティストが毎月1回、定期的に出演していることを知ったんだ。それで、毎月そのイベントに通うようになった。大きな、本格的なサウンドシステムがそこにはあって。ベースの音がこれまでとはまったく違った形で鳴り響いて、僕を揺さぶってきたんだ。あの音を一度聴いたら、普通のスピーカーやPAシステムで音楽を聴くことには戻れなくなるよ。 ジャズもそうだよね。実際にライブで観るまでは本当の意味で理解できないと思うんだ。目の前で演奏されているものを肌で感じることで、録音されたものはあくまでレコーディング・バージョンに過ぎない、ということがよくわかる。ダブも同様で、フルのスピーカーで完全な状態でその音を聴くこと、その場にいる人たちとその体験を共有することで、ダブという音楽の本当の意味を理解することができるんだ。 ―実際にサウンドシステムを体験することで開眼したと。最初に買ったレゲエの作品、最初にのめり込んだレゲエのアーティストを教えてください。 ジョー:最初は、University of Dubでアバ・シャンティ・アイを聴いて、帰宅してからLimeWireで検索したのを覚えているよ。名前を入れて検索して、彼がリリースしたアルバムをいくつかダウンロードした。でも、それは実際に聴いた音とは全然違うものだったんだ(笑)。彼の音楽のために設計されたスピーカーで聴いたわけではないからね。全部の音がMIDIみたいなトランペットの音や電子的なドラム音で、自分の頭の中に記憶していた音とは全然違ったんだよ。同じ曲でも、サウンドシステムで聴いた音とはまったく違う。 そこからレコードを買い漁るようになったんだ。音楽を聴くなら、Spotifyよりもレコードの方がいいと思ってね。レコードの魅力は、ある曲を買ったら、その裏面にダブ・バージョンが入っているところだ。僕のレコード・コレクションのほとんどはレゲエで、ジャズもレゲエもレコードで聴くのが好き。エレクトロニック・ミュージックは他のフォーマットで聴いても構わないと思っているけど、レゲエはターンテーブルとスピーカーで聴きたいね。 そして、一度サウンドシステムのイベントに足を運んで、ベースの音がどんな風に自分の身体の中で響くかを体感すると、その音の聴き方が感覚的に掴めるような気がする。それで、僕はジャー・シャカの80年代のライブ音源を聴いたりするようになったんだ。録音自体のクオリティはあまり良くなくて、誰かが初期のZoomで録音したみたいな感じなんだけど……サウンドシステムと一緒に、会場で誰かが話している声や、会場の自然な音も入っていて、今ではその感じがとても好きなんだ。実際にそういうイベントに何度も足を運んでいるから、そのレコーディング素材を聴くと、まるでその場に連れて行ってくれるような気分になるよ。だから、僕はジャー・シャカの89年の1時間のセットの録音をよく聴いている。その当時、彼がどんな音楽を流していたのかを感じることができるから。 ―超マニアですね。 ジョー:特にジャー・シャカに関して言うと、彼のレコードの多くは火事で焼けてしまったらしい。はっきりとは覚えてないけど、確か2000年の初め頃だったと思う。だから、その当時までの彼のセットを聴くと、今では手に入らないような音源もたくさん入っているんだ。彼のために作られたダブ・プレート(※そのサウンドシステムでしか聴くことができない特別な音源のこと)とかね。ジャー・シャカのためのダブ・プレートを作る人たちがいて、ボーカル・バージョンなんかも作っていたみたいだね。そういうものをジャー・シャカはプレイしていたんだ。でも、一般リリースはされていなかったから、誰もそのコピーを持っていない。それに、そういうものは火事で焼けてしまったから、もう手に入れることはできなくなってしまった。だから、ジャー・シャカのセットで聴くしかない。そういうレアな音源、手に入りにくいものが存在するのも、この音楽の良いところだね。簡単に手に入れられないからこそ、その曲を探し出すのがまた面白いところでもあるから。 ―楽器演奏者もしくは作曲家の立場からレゲエに取り組み始めたころの話を聞かせてください。 ジョー:初めてレゲエに影響を受けた曲を書いたのは、確か「Mollison Dub」(『Starting Today』収録)だったと思う。それをステージで演奏するようになった時、正確にリズムを刻めるドラマーを見つけるのが非常に難しいことに気付いたんだ。何年も何年もその音楽を聴き続けて、何年もの間練習し続けて、ようやく手に入れることのできる独特の感覚というものがあって。それを理解していない人には、その感覚が伝わらないんだよね。多くの人が「レゲエは簡単だろう。理論的にはシンプルだし」と思っている。でも、いざ演奏してみると、全然レゲエっぽくなくて、まるでファンクかなにかみたいに聞こえてしまう。レゲエは独特のハイハットの使い方をするし、特有のスイング感があって、それはジャズのスイング感とはまるで違う。そのスイング感を出すのはとても難しいんだ。本当にオーセンティックに演奏できるドラマーは、ほんの僅かだと思う。 もちろん「Mollison Dub」は70年代の本物のルーツ・レゲエとは違って、僕たちなりのアプローチだったし、全然違うものではあるけれど、ダブにあってしかるべき特有のサウンドを感じられると思うし、それがごくシンプルな形で表現されていると思う。僕は、特定のジャンルにおいて、その“感覚”が非常に大切なものだと思っている。 あとは「Loran’s Dance」という曲がある。オリジナルはアイドリス・ムハンマドの曲なんだけど、ハリー・ムーディーという人がカバーしたバージョンがあって、ジャズとルーツ・レゲエが完璧に融合した作品なんだ。僕からしたら、すべてが完璧。キング・タビーがミキシングボードを操って、それぞれの楽器が素晴らしく調和した、本当に美しい曲に仕上がっているよ。