パナ掃除機“ミスト”で床キレイに 工場でものづくりの工夫と徹底を見た
パナソニックから10月に発売された“マイクロミスト”搭載の掃除機「セパレート型コードレススティック掃除機 MC-NX810KM」。ヘッドからまるで加湿器のようなミストを吹き出しながら掃除をすると……あら不思議、普通の掃除機だと残りがちな微粒子のゴミまで、キレイさっぱり吸い込む驚きの掃除機だ。 【画像】パナソニック八日町工場を取材。掃除機の歴史を見てきた こうしたユニークな掃除機を開発しているのは、掃除機を専門に研究開発・製造している滋賀県の八日町工場だ。パナソニックは1954年に掃除機第1号機を世に送り出して以来、70年間に渡り掃除機の歴史の糸を自らの手で紡いできた。八日町工場は1971年から掃除機のマザー工場として製造も手がける。 そんな掃除機の歴史の一部ともいえる八日町工場で、70年間の集大成「マイクロミスト掃除機」と、それを作る製造技術を取材してきたのでレポートしよう。 ■ 湿式でも乾式でもない新ジャンル掃除機! うるおい掃除機!? 掃除機といえば、誰もが思い描くスティック掃除機や床置きのキャニスター掃除機だ。スイッチを入れるとヘッドのブラシが回って、掃除機の中にゴミが吸い込まれていく。 最近日本でもちょっと話題になっているのは、掃除機の中でも「湿式」と呼ばれるジャンル。ヘッドには水を噴霧する機構があって、汚れた水と一緒に掃除機の中に吸い込むタイプだ。日本では絨毯やソファーの掃除によく使われているが、海外だと土足で家に上がる国が多いので、タイル張りのキッチン用としてもよく使われている。さて水で洗い流す掃除機が「湿式」なので、一般的な掃除機は「乾式」と呼ばれ、海外ではしっかり区別するほどの存在だ。 パナソニックの最新式の掃除機は、湿式と乾式の中間で「うるおい式」というのが近いかも。ヘッドの前方には、超音波式の加湿器と同じ機構が設けられていて、直径マイクロサイズのミストを噴霧して、床を湿らせながらお掃除をする。 こうして掃除するとあら不思議! 。ミストを噴霧しない乾式で掃除したときは、フローリングにわずかに残った粉の色が目立つのに、ミストを噴霧するとキレイさっぱり粉を吸引しているのが分かる。床は濡れないの? と触ってみると、濡れるどころから湿りもしていないのだ。 ミストを噴霧する方ドライのままより汚れが落ちるというのは、日常経験からご存じの通り。例えばお化粧のファンデーションを落とすとき、化粧水を染み込ませたパフを使うのに似ている。ファンデーションは一見すると半練りのワックスのように思う人もいるかもしれないが、実は乾いた超微粒子。乾いたパフでは落ちなくても、化粧水を使うことで、微粒子が水分と一緒に取れるのだ。 またフローリングに付着した皮脂汚れの落ちもよいという。皮脂は可視化できないので、実験によるデモンストレーションはなかったが理屈は以下の通りだろう。 一定年齢以上の人にはすごく共感いただけると思うが、喫茶店のおしぼりで顔を拭いた方が、乾いたタオルで汗を拭うよりサッパリするのと同じだ。 こうして拭き掃除したかのようなフローリングの仕上がりになるものの、床はすぐに乾いて湿気すら感じない。それほど、水分量を微妙に調整しているのがよくわかる。 ■ デザインほかにもこだわり! ナノイーで臭いや菌の対策も デザイン的にも部屋に溶け込むスリムスティック式(充電・ゴミ回収ドック付き)と、スリムサイクロンの2機種でマイクロミストのヘッドが採用されている。どちらも遠目に見ると床から伸びるスリムな棒で、背景の壁紙に溶け込むデザイン。色もかつて多かったメタルや光沢系の塗装に比べ、パナソニックはマット系の落ち着いた雰囲気だ。 特に人気の充電&ゴミ自動回収のドック付きスリム掃除機は、パナソニック調べではシリーズ発売開始の2021年10月からの累計で22万台を越え、年々と発売台数を伸ばし2025年も百数十%の伸びを見込んでいるようだ。 さて最近は海外メーカーから多く登場している水拭き掃除機に加え、ロボット掃除機各社も水拭きできる機種が増えている。これは日本の多くの住宅がフローリング中心に変わったのが大きな要因だ。さらにパナソニックの調べでは、フローリングを「素足で歩く」という人が51.9%でいちばん多く、「スリッパやルームシューズ」をはくという33.4%を大きく離していることも「水拭き」需要を後押しする原因となっているという。 素足だと少しのゴミや粒子状のゴミでも足の裏で感じ、張り付いてしまうことも多いので、床の汚れに敏感というわけだ。そのため69.1%が掃除機をかけたあとに「他の掃除道具」を使うとしており、その多くが「ワイパー」系で静電気で微粒子汚れを取ったり、水拭きやウェット径ワイパーで軽く拭き掃除をしているようだ。 さらにゴミ回収ドックでは、パナソニック独自のナノイーXをドック内に充満させ、ニオイの軽減や菌の繁殖を抑えている。さすが日本製の細かな配慮という印象だ。ゴミ捨ては3.5カ月に一回を目安にしているが、筆者の見た感じではかなり短めを公称値にしているようで、海外勢と同じ6カ月程度でも問題はないのではと見ている。ただそこまで捨てないのも気が引けるという、日本人の気持ちを反映させて短くしているのではないだろうか。 ■ なかなかマネできない八日町工場の品質や環境へのこだわり 1971年から掃除機の製造を続ける八日町工場は、パナソニックの家電部門の中でも「ランドリー・クリーナー」事業部に属している。そして長年の樹脂加工(射出成型)のノウハウがあるため、特殊な樹脂成型部品の製造が得意だ。 たとえば金属にしか見えない樹脂のパネル、洗濯機で多く見られる樹脂の上にビニールが貼ってある操作スイッチ、軽さと強度の両方が求められる掃除機本体に使われる発泡樹脂など。さらに事業部をまたいだ、車の運転席前面からコンソールにかけて高級車でよく見かける木目の樹脂、SGDsに対応した環境に配慮した樹脂や再生樹脂製の部品などさまざま。 これらの特殊樹脂加工を行なっているのが八日市工場だ。洗濯機のパネル部分などは八日市工場で製造し、以前にご紹介した洗濯機の袋井工場まで運んで最終組み立てされる。 今回見学できたのは、カラフルな樹脂部品。通常は半透明の樹脂の元「ペレット」に色づけするペレットを混ぜて着色するが、混ぜ具合が足りないとマーブル模様のようになってしまう。色をキレイに再現するには元々製品の色にしたペレットを利用するが、これは樹脂成型の前段階で色付けが必要でコストも高い。 八日市工場では半透明のペレットに「ドライカラー」という顔料を混ぜて着色する方式を採用している。キレイに染まった樹脂が作れる反面、粉末カラーの飛散や軽量、機材が汚れやすいなどで、特殊な技術を要求されるものの、ドライカラーを扱う高い技術を持っているので、あえて難易度の高いこの方法を利用している。しかも八日市工場で見た完成品は、上にクリア塗装をしたような光沢のあるもので、金型技術も樹脂成型専門メーカーにも負けない難しい技術まで持っている。 また最近よく見られるのが、樹脂に仕様など印刷するレーザー刻印だ。透明シールを貼ったり、シルク印刷という昔の家庭用年賀状印刷機の技術を使ったりといろいろあるが、パナソニックでは最新のレーザー刻印を使っている。高度な機械と技術が要求されるが、見た目もよく細かい文字をハッキリ刻印できるので多くの製品に使っているようだ。ちなみにこの充電ドックの部品は60%が再生樹脂ということだ。 海外製品などで価格が安いと、色はあくまで付加価値と考えられ、電池ボックスのフタと本体の色が同じ白なのに色違い、なんてこともある。 ■ 「不良を出さない壊れない」を追求するエンジニアの意地 工場にとっては「今日生産する何百台中の1台」でも、使う人にとっては「自分だけの1台」。そのため、不良品が渡らないように細心の注意を払って検査を実施している。 また長く使ってもらえるように、数々の耐久試験を行ない「壊れない1台」を目指す。特に掃除機は、ヘッドが壁にガンガン当たったり、立てかけておいたら倒れたりと、強度が求められる家電のひとつ。しかし相反する「軽さ」も求められるので設計するエンジニアの腕の見せ所であり、新素材や製造方法など生産技術の技術力も問われる。 たとえば衝撃検査だ。超音波でミストを発生させるヘッドを、思いっきり車止めのコンクリートにぶつけ、故障しないかを確認する。しかも機械でテストすると角度や強さが一定になってしまうため、あえて人間が何百、何千とぶつけて問題なく動くことをチェックするのだ。 さらに性能検査にも余念がない。今回見学したのはほんの一部だが、ミストが規定量だけ噴霧されるか? 規定の吸引力を発揮できるか? などを測定する。特にミストは多いと水浸しになってまい、少ないと汚れが取れないので範囲がシビアだ。 製造段階でもさまざまな検査や試験が何度も行なわれ、人間や機械のミス(ポカ)による不良をはじき出す「ポカヨケ工程」が繰り返される。たとえば樹脂成型では、機械の設定や材料不備で発生する不良品を弾いたり、ヘッドがきちんと動作し電気的な特性が範囲内かをチェックする。従来これらは人間が目視で検査していたが「ポカする可能性がある」ことの対策として、現在多くが機械化されている。 また「人間はそもそもミスをする」という考えにもとづき、コンピュータが作業をアシストする半自動化工程も見られた。写真はパッケージング工程で、消費者に届く箱の中身の部品やマニュアルを箱詰めする工程だ。 繰り返しによる疲労や作業者の熟練度でピッキング作業に差が出ないように、部品やマニュアルの棚にはランプが取り付けられている。コンピュータは次にパッケージする部品をランプで示し、決められた順番ですべての部品を確実にパッキングできるようになっている。面白い点は、部品を取ったら「確認ボタン」でランプをキャンセルしない点。「確認ボタンを押し忘れるという人間のポカ」を排除するため、棚の手前には自動ドアのような赤外線センサーが設けられ、手や部品が通過すると自動的にランプが消えるというしくみになってた。 こうして完璧な製品と完璧なパッキングを追求し、購入した一人一人に届くのである。 ■ 海外勢には理解できない? 日本の製造業だからできること ここ数年、海外メーカーの進出で押され気味だった国産の掃除機。しかし尖ったアイデアに加えて製品そのものの技術、そしてその製品を作るための技術、さらに製品を検査するための技術が終結した国産掃除機の現場。そこにはモノづくりの大切な姿勢が端々に見られた。 パナソニックの前身、松下電器の創業者が残した有名な言葉がある「お客様大事」。今でこそ「カスタマー・サティスファクション(CS)」という言葉があるが100年近く前から実践したことに驚かされる。 さらにそれを補完する創業者の言葉。「無理に売るな。客の好むものも売るな。客のためになるものを売れ」。八日町で働く一人ひとりが、一人の客のために最大の努力を惜しまない日本のモノづくりをしている姿を見た。実際は泥くさいがんばりの上に成り立っている部分も多く、それが日本という地だからこそできることなのかもしれない。
家電 Watch,藤山 哲人