「ADAPTATION - KYNE」(福岡市美術館)開幕レポート。地元福岡でふり返るその活動の軌跡
福岡市美術館で、アーティスト・KYNE(キネ)の日本初となる大規模個展、特別展「ADAPTATION - KYNE」が開幕した。会期は6月30日まで。担当は同館館長の岩永悦子。 KYNEは1988年生まれ。大学時代に日本画を学び、2006年頃から制作活動を開始し、現在も福岡を拠点に活動をしている。1980年代のマンガやアイドルのレコード・ジャケットからインスピレーションを受け、アイコニックな女性像を描くことで知られている。その作品は2010年代より広く知られるようになり、アパレルブランドとのコラボレーションやCDジャケット、広告ビジュアルといった幅広い仕事も行いつつ、作品を制作し続けている。近年では日本を含めたアジア圏のアートオークションで作品が高額落札されるなど、マーケットにおいても注目を集めてきたことも忘れてはならない。 本展はKYNEの創作の過去から現在までを俯瞰する5つのゾーンで構成されている。ゾーン1「PAINTINGS AND PRINTS 2017-2022」では、まずKYNEの代表作が紹介される。 この展示室ではユニークのペインティング作品をひとつずつ独立した展示ケースで紹介し、いっぽうで壁に沿ったガラスケースでは版画作品が展示される。独立したケースを用いることで、ユニーク作品は背面からも見ることができ、裏面にある作家のサインをチェックすることも可能だ。 このゾーンでは、KYNEの名を世に知らしめたポートレート調の作品をはじめ、雑誌『カーサ ブルータス』(マガジンハウス)の表紙絵の原画、アディダスや渋谷の「MIYASHITA PARK」、そして村上隆とコラボレーションした作品など、近年のカルチャーの流行を象徴するような作品が並ぶ。 ゾーン2「2D TO 3D」では、鏡やライトボックスといったユニークな支持体を用いた平面作品を紹介。さらに展示室の倉庫を利用した展示も実施している。 倉庫では、絵画作品と立体作品を組み合わせたインスタレーションを展開。倉庫という場所の性質を鑑みてつくられたという、荷が壊れやすいことを示す注意書き「FRAGILE」をモチーフとした平面作品が、むき出しのコンクリート壁面に展示されている。 ゾーン3「DRAWINGS 2010-2023」は、KYNEが絵画作品を制作する前段階として描かれた、ドローイングや下絵を多数展示し、KYNEの制作スタイルに迫る。 とくに2010年代前半に制作された下絵やスケッチブックなどは、ここでしか見ることができない貴重な資料といえるだろう。また、KYNEが小学校高学年のころより撮影して収集した街中の落書きやグラフィティの写真も紹介されている。小学校時代のKYNEは、福岡の海岸沿いを通る国道3号線沿いで、暴走族の名乗りや労働者の叫びが表現された落書きやグラフィティと出会った。そのときに感じたストリートならではの表現に対する、恐れや興味が、その創作の原点のひとつになっているそうだ。 ゾーン4「NEW WORKS 1:INSIDE THE ROOM」は、4✕12メートルの巨大新作壁画や、新たに描き始めた花や果物といった静物画シリーズなどを紹介。 新作壁画は2020年から22年まで福岡市美術館に展示されていた、横13メートルの壁画へのアンサーともいえる作品。横たわる女性というかつての壁画と同じモチーフで描かれており、さらに広いベンチを設置することで、来場者が思い思いに壁画のまわりで時間を過ごすことができる。美術館のなかにありながらも、ストリートの自由さを感じさせる空間が創出されている。 静物画は、その作品のほとんどが人物画だったKYNEが、近年新たに取り組み始めた試みだ。花や果物の線を可能な限り削ぎ落とし、そのフォルムだけを取り出した作品群は、KYNEの作品の「らしさ」が、女性像とは異なるかたちにおいても表現されているという点で新鮮だ。 最後となるゾーン5「NEW WORKS 2:GOING OUTSIDE」では、女性を描いた新作絵画が展示されている。KYNEの女性画は時代によって変遷してきた。最初は首から上のみが描かれていたものが、やがて全身の描写になり、さらにひとりではなくふたり組を描く、といったかたちで移り変わっている。今回発表されたものは、人物の背景として新たに階段が加えられている。 その人気ゆえに多くのフォロワーを生んできたKYNEであるが、本人の創作は同じ場所にとどまることなく、少しずつ、しかし着実に新たな展開を続けている。なお、このゾーンの最後にはショップも設けられている。このショップでステッカーやトートといったグッズを買い、アイコンとして身につける。そうして人々の生活空間のなかにKYNEの作品が侵入することで、この展覧会も完成するのかもしれない。 KYNEは本展の「ADAPTATION(適応)」というタイトルについて「置かれた環境や制限に適応して今の作品がある事が、私の中で重要な要素であると気づき、たどり着いた展覧会タイトルがADAPTATION(適応)です」とコメントしている(プレス資料より)。そのうえで、本展を福岡で開催する意義について次のようなコメントを寄せている。 地方都市では現代美術に触れる機会は関東圏ほど多くなく、団体展やデパートの画廊なども学生時代の貴重な鑑賞体験でした。その体験が静物画や新作へとつながっています。 ストリートカルチャーや現代美術と団体展など相容れない文化を受け入れること、それぞれに肯定的、批評的視点を持つ、これも置かれた環境下での適応かもしれません。 東京や海外での発表も多くなりましたが、今も福岡を拠点に制作を続けているので、福岡や九州の若い方にも地方から出来る事があると伝わると嬉しいです。(プレス資料より) KYNE自身の活動の拠点である福岡での過去最大規模の個展。アーティストにとって場とはなにか、街とは何かを考えることができる展覧会ともいえるだろう。
文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)