箱根駅伝出場の元監督が異例の「選手」復帰…上野裕一郎38歳が佐賀で目指す「恩返し」「瀬古(利彦)さんと両角(速)先生が心配してくださって…」
背中を見せられるおじさんになりたい
「今は、20代の若い選手たちに少しでも背中を見せられるおじさんになりたいです。実際は、遅いんで背中は見せられないかもしれないですけど、39歳でもこれだけやれるよ、39歳がうしろから来ているよっていうのを見せたい。もちろん、年齢を言い訳できないアスリートに戻ったので、レースの際は勝負します。世界では僕よりも1歳上のキプチョゲがパリ五輪のマラソンで五輪3連覇狙っていますからね。マジですごいと思いますし、だから言い訳なんかできないですよ」 ふたたび、陸上の世界に戻り、走る喜び、若手と一緒に練習する楽しさを感じることができて、上野の表情は活き活きしている。
解任、バッシング…上野を支えたものは?
ここに至るまで、上野を支えたのはいったい何だったのか。 「うーん、思ったのは絶対に死んじゃダメだということ。自分がやったことで苦しんでいる人、自分よりも苦しんでいる人がいる。そういう人たちがいる以上、自分が死んだり、逃げたりしたらダメだ。自分の過ちによって自分が一番ラクになろうとしたら絶対にいけない。それが自分の心の軸になっていました」
おまえはここで身を引くような存在ではない
もうひとつの上野の支えになったのは陸上界の声やサポートだった。佐久長聖高校時代から活躍し、2009年の日本選手権で1500mと5000mで2冠を達成、結果とともにその走りで強烈な印象を残した。また、立教大で55年ぶりの箱根駅伝出場を実現するなど優れた指導者になるべく、その階段を上がろうとしていた。不適切な行動があったとはいえ、陸上の関係者から「おまえはここで身を引くような存在ではない」と言われ、上野は陸上に前向きになることができた。 「本当に多くの方から応援するよっていう声をいただいて、こんな自分にもったいない、ありがたいと思いました。特に瀬古(利彦)さんと両角先生(速・東海大監督)は本当に心配してくださって、いろいろ相談に乗っていただきました。あの時、いろいろ声をかけてくださってみなさんに、レースや大会の現場でお会いした時、しっかり謝罪と感謝を直接伝えていきたいなと思っています」
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