「脳の言語の分野が萎縮しています」…東大教授が大学で認知症を「カミングアウト」した理由
「漢字が書けなくなる」、「数分前の約束も学生時代の思い出も忘れる」...徐々に忍び寄ってくる若年性アルツハイマーの恐怖は今や誰にでも起こりうることであり、決して他人事と断じることはできない。 【漫画】刑務官が明かす…死刑囚が執行時に「アイマスク」を着用する衝撃の理由 それでも、まさか「脳外科医が脳の病に侵される」などという皮肉が許されるのだろうか。そんな「運命」に襲われながらも、悩み、向き合い、望みを見つけた東大教授と伴侶がいた。 その旅の記録をありのままに記した『東大教授、若年性アルツハイマーになる』(若井克子著)より、二人の旅路を抜粋してお届けしよう。 『東大教授、若年性アルツハイマーになる』連載第14回 『「僕は認知症じゃない!」…忍び寄る病の影に疑心暗鬼になった「東大教授」の胸中とは』より続く
迎えた再診の日
1月10日、再診の日です。 晋は朝からずっと不機嫌でした。 「なぜこんなに何度も、MRIを撮ったのですか?」 医師からそう聞かれても、本人は無言。「脳を心配して撮ったみたいです」などと私が言うわけにもいかず、ただ沈黙が流れました。 ややあって、医師がいちばん新しい1枚を指し示します。 「ここに、いくつかのラクナ梗塞(小さな脳梗塞)があり、脳の萎縮も見られます」 急に医者の顔になった晋が、無言でうなずきます。他人の脳画像でも見ているかのようでした。 「さっそく薬物療法を始めましょう。長いお付き合いになります。2週間ほど入院していただきます」 〈なんでそんなに長い間、入院しなくてはいけないのだろう〉――訝しく思いましたが、その疑問はとうとう聞けませんでした。
脳が委縮している
その後、医師は私だけを別室に呼び、 「ご主人は、脳の言語の分野が萎縮しています」 晋にそんな話は聞かせたくなかったのでしょう。ですが、別室といってもガラス1枚隔てた向こうに晋がいて、私たちをじっと見ていました。結局私は、医師が内緒で教えたことも含め、すべて本人に伝えました。 帰りに処方された薬は「アリセプト」というものでした。アルツハイマー病などに使われる抗認知症薬です。 それにしても、医師はなぜ、病態や診断を本人にはっきりと告げなかったのでしょう? 胸のなかにもやもやしたものが残りましたが、きっと晋もそうだったと思います。 帰り道ではずっと無言でした。