【バイク短編小説 Rider's Story】Wの親父のいる場所へ
オートバイと関わることで生まれる、せつなくも熱いドラマ バイク雑誌やウェブメディアなど様々な媒体でバイク小説を掲載する執筆家武田宗徳による、どこにでもいる一人のライダーの物語。 Webikeにて販売中の書籍・短編集より、その収録作の一部をWebikeプラスで掲載していく。 【画像】小説の挿入写真をギャラリーで見る(4枚) 文/Webikeプラス 武田宗徳
Wの親父のいる場所へ
────────── カブトガニの笠岡 ────────── 坂を登り切るとT字路に突き当たり、その信号を左折すると右側の眼下に海が見えてくる。そして海のすぐ脇に、カブトガニの形をしたドーム状の建物がある。 笠岡市立カブトガニ博物館だ。ここに来るつもりは、なかったのだけど……。 この海の先にあるはずの島の方を見た。ここからは見えないが、ほんの数キロ先に白石島という島がある。片岡義男の小説《彼のオートバイ、彼女の島》の舞台となった島だ。1977年に発表され、同年に単行本発売。文庫化も1980年だから、90年代生まれの僕にとって、知らなくて当たり前のような作品だ。その島へ行くつもりだった。そこで写真を撮って東京のバイク仲間に自慢しようなんて思っていたけど、何か違うような気がして……。 平日の昼下がり。太陽が強い日差しを照りつけていた。まだ六月なのに真夏のような暑さだった。オートバイを停めた駐車場から、汗を拭きながら歩いて恐竜公園を通り過ぎ、博物館に入った 静かな空間だ。水槽に薄汚れたように見えるカブトガニがいた。生きているのだろうけど、ピクリとも動かない。こんな生き物を、たまたま海で見かけたら驚いてしまう。何度見ても、現代の生き物とは思えなかった。 《生きた化石》 そう表示されたコーナーには、カブトガニの他にシーラカンスの標本が展示されていた。太古の時代から進化せず、変わらない姿で今も生きる生き物のことだ。うまく表現した言葉だと思う。 岡山から東京の大学に進学し、そのまま就職した。シティーボーイを気取って、東京という街に馴染もうとして、自分を変えようとして、頑張って……、そうして三年が過ぎていた。この二年は、実家にも帰っていなかった。 ────────── 道の駅 笠岡ベイファーム ────────── オートバイを停めた駐車場へ戻った。明日はZuttoRide x クシタニコーヒーブレイクミーティングが開催される《道の駅 笠岡ベイファーム》へ行く予定だ。市内にある実家には顔を出さず、そのまま東京へ戻るつもりだった。 ― 翌日 ― 今日も暑くなりそうだった。道の駅笠岡ベイファームの駐車場には、朝早くからたくさんのオートバイが並んでいた。 特徴のある排気音が近づいてくる。カワサキW3がこちらに向かってきているのが見えた。あれは、親父か……? 目を凝らしてよく見てみる。……間違いない。見覚えのあるウエアを着ている。まだ、あれに乗っているのか……。 これほど大勢の人間と、たくさんのバイクが集まっている中で、なぜか親父は僕がこの会場にいることに気付いたようだ。停めようとしていたバイクを方向転換させ、こちらに近づいてくる。 僕のW800の隣にW3が停まった。親父はヘルメットを脱ぐなり、大きな声で言った。 「来てたんか、なんでもっと早くに言わん」 口調はキツいが、表情は柔らかく見えた。親父は何も変わっていないように見えた。二年間で、目に見えてわかる変化なんて無いのかもしれない。だけど気のせいか少し細くなったように見えた。 ────────── 親父と、 ────────── しばらくお互いに黙ったままだった。そのうち親父はフラリとどこかへ歩いて行ってしまった。トイレなのかもしれないし、飲み物を買いに行ったのかもしれない。 親父は何も言わなかった。息子が久しぶりに帰ってきているのに、実家には顔を出さないでいる。何か聞かれるかと、構えていたのだけど。 親父はハンバーガーを二つ持って戻ってきた。キッチンカー《SOLO》で買ってきたと言った。二人で日陰のあるベンチまで歩いていき、並んで腰をかけた。 「昨日、博物館行ってきた」 僕の言葉に、親父は振り向いた。 「カブトガニか」 親父はハンバーガーを一口かぶりついた。口の脇についたソースを親指で拭った。 「あいつら《生きた化石》て太古から進化する必要のなかった生き物とかゆーけん……じゃけえ、生きてける場所はもう限られとる。ここと北九州だけじゃ」 「……」 「まあ、進化せんでも生きてける場所がある、そういうことじゃが」 「あの、W3の方ですか?」 ハンバーガーを食べ終わった頃、男性に声をかけられた。ちょうど、僕と親父の中間くらいの年齢、四十代に見える。 「写真を撮らせてもらえませんか?」 関東の発音で話しているから、地元の人ではなさそうだった。 「雑誌に載ってしまうかもしれませんが」 と続けた。《オートバイライフ》という年四回発行の雑誌に載るかもしれないということだった。また《ザ・シーズン》という月間の旅行誌に掲載されるかもしれない、とも言う。 少し考えていた親父が、顔を上げた。 「息子のWと、二台でお願いできますか」 彼の指示する場所に、W3とW800、新旧二台のWが並んだ。手に持ったカメラを微妙に動かしながら、どこから撮るか確認している。 その脇で、僕と親父は僕たちのバイクを眺めていた。 前を向いたまま親父が言った 「笠岡へ、帰ってこんか」 突然の呟きに驚いて、僕は親父を見た。親父は、前を向いたまま続けた。 「おめえ、東京で生きていけるんか」 僕は、黙ってうつむいた。 「……笠岡へ、帰ってこい」 カメラマンが僕たちを呼んだ。 「じゃあバイクの前に並んでもらってもいいですか? 今度は人物も!」 親父はバイクの方へ歩いて進んでいった。僕もあとをついていく。 「笑顔くださいねー」 カメラマンは元気に声をかけてくる。笑顔をつくろうとしても、泣き笑いになってしまう。横にいる親父を見た。 いい笑顔をしていた。 それは、とても自然な笑顔だった。 おわり 出典:『バイク小説短編集 Rider's Story オートバイの集まる場所へ』収録作 著:武田宗徳 出版:オートバイブックス
武田宗徳