<21世紀枠チカラわく>完全燃焼の投球、プロへの原点 成章・小山台 選抜高校野球 /5
2008年の第80回センバツ大会の21世紀枠、愛知・成章のエースとして甲子園のマウンドに上がった。あの日から13年。昨季無安打無得点試合を達成するなどプロ野球・ヤクルトのエースに成長した小川泰弘投手(30)は「選ばれた時のみんなの喜びはすごかったな」と当時を思い出し、頰を緩める。 渥美半島に位置する同校は文武両道の県立高で100年を超す歴史がある。小学3年から始めた少年団の野球チームも中学の野球部も指導者は成章OBで、地域に野球少年たちを育てる環境が脈々と息づく。自身も成章へと進み、2年秋の愛知大会で強豪・愛産大三河を降して4強入り。先輩たちの3年連続8強に続く健闘も評価され、21世紀枠に選出された。 思い出すのは開幕試合だった初戦。注目が一身に集まる舞台に備え、「野球のメンタルトレーニング」という本を読み込み、気持ちを整えた。試合は中盤逆転を許し苦しい投球が続いた。だが、先輩が帽子のつばの裏に書いてくれた「一瞬の苦しみから逃げたら一生の後悔」という言葉が目に入った。「このままでは後悔してしまう」と強気で内角を攻めて粘り強く投げた。すると八回に味方打線が逆転。同校の甲子園初勝利を完投で飾った。 「力を出し切れば、勝ちきれる。どれだけ自信を持って力を出し切れるかが大事」。あの舞台でつかんだもの。プロとなり、日本シリーズ出場など場数を踏んだ今も変わらない信念だ。 地元の野球少年を育てる成章OBたち。小川投手もオフになれば、野球教室を開くなどしてその一翼を担う。「僕は体がそんなに大きくないが、そういう人でも戦えるんだぞという勇気を与えたい」。21世紀枠から飛躍した地元のヒーローは、いまも故郷を思い、ボールを握る。 ◇勝ち負けよりも大きな意味 20年のドラフトで4位指名され巨人に入団した伊藤優輔投手(24)も21世紀枠選出校出身だ。14年の第86回大会に東京・小山台のエースとして出場。「あの舞台に立てたからこそ見えたものがある」と語る。 前年秋の東京大会では堀越、早稲田実、日大豊山と有力校を破り8強入り。強豪私立校が集まる激戦区で、公立校が見せた快進撃は「都立の星」と評されたが、甲子園で待っていたのは厳しい現実だった。1回戦の履正社(大阪)戦に先発したが二回に強力打線につかまる。3連続四球で先制点を献上し、さらに2死から右翼ポール際に満塁本塁打を浴びた。痛恨の一発は、外角狙いが真ん中付近に入った1球。「まだまだ力が足りない」と肌で感じた。8回を投げて8三振を奪ったものの11失点。打線も振るわず0―11と完敗し、都立校の甲子園初白星はつかめなかった。 悔しい結果だったが「すごい緊張感、大観衆の中での試合を経験できた。勝ち負けよりも大きな意味があった」と言い切る。本気で全国制覇を目指す同年代の技術や気迫にじかに触れ、「大きな転換点になった。もっとうまくなりたい、勝てる投手になりたいという気持ちがわき上がった」。 卒業後も向上心は尽きず、中央大、社会人の三菱パワーを経てプロ入りを果たした。「なかなか甲子園に出る機会がない学校にチャンスが与えられる。自分のように野球人生が大きく変わる可能性もある」と21世紀枠のさらなる発展を期待する。 あの日の甲子園のマウンド、少しだけ後悔がある。「投げることにいっぱいいっぱいで、あの舞台を楽しめなかった。勝ち負けも大事だが、甲子園で野球ができることを楽しんでもらいたい。それがその先の人生に生きてくる」。21世紀枠で甲子園に立ち、未来を変えた先輩からのエールだ。【中村有花、角田直哉】 ◇プロへの道 21世紀枠出場校から高卒でプロ入りするのはハードルが高いが、大学や社会人野球で実力を磨き、プロへの道が開ける例もある。今大会では189センチの長身から投げ下ろす最速143キロの直球を武器に変化球も投げ分ける八戸西の右腕・福島蓮投手(2年)のほか、いずれも140キロ台中盤の直球が光る東播磨の右腕・鈴木悠仁投手(同)、具志川商の右腕・新川俊介投手(同)ら注目投手が出場する。鈴木投手は秋の兵庫県大会から公式試合10試合中8試合で完投し、うち2試合は完封。制球も良くテンポ良く打たせて取る投球が持ち味だ。