世界報道写真展で日本の作品が入賞 「認知症の人の脳内に広がる光景」を再現した作品とは
新聞に掲載された別の写真には、下坂さんがインスタグラムに投稿した時に書いた「夕焼けの空に 一日の終わりではなく 明日へのつながりをおもう 記憶が曖昧で 一日を振り返ることは難しいけど 明日を想い描くことはできるから 楽しい明日を想像する」の文章が添えられています。 当時デイサービスで働いていた下坂さんが、仕事帰りにバス停まで歩く道すがら見た夕焼けを撮影した時の気持ちです。「認知症の診断を受けて間もない頃は、忘れたり失敗したり、そんなことが続くと、なんでできないんだとか、なんですぐに忘れしまうんだろうとか、そんなことばっかり思って自分でも悩んでいました。でもちょっとずつ受け入れられるようになって…。今日のことはあまり覚えてないかもしれないけど、明日のことを想い描くことができるって、前向きな気持ちになったんですね」とその時の心境を語ってくれました。こうした下坂さんの前向きな心境はデイサービスでの姿など温かみのあるカラー写真で表現されています。このときの心情について、下坂さんは「会話が難しい認知症の人に手を重ねると優しく握り返してくれた。社会では考えることが大切にされます。でも、感じることが一番大事だと教えられているような気がしました。みんなの価値観が変われば、認知症になっても生き生きと暮らせる社会になると思います」と話してくれました。 受賞作品30点のなかには、認知症の妻を介護する男性が語った「鯛の刺身が冷蔵庫だけではなく押し入れにも入っていました。買ったことを忘れて何回も買いに出かけたのでしょう。晩酌する私のためです。妻の心遣いですので、怒りようがありませんでした」というエピソードを題材にした写真もあります。 写真展のタイトルにもなった「心の糸」を表現した写真は、松村さんが「最も視覚化が難しかった」というものです。ご夫婦が若かった頃の記念写真を糸で結んで絆を表現しています。家族アルバムから2枚の写真をスキャンし、レプリカを作り糸でつないでスキャンし、さらに編集ソフトでスキャンした画像の背景色を変更し影も足すなどして制作しました。認知症の進行によって夫婦としての絆が一度は切れてしまったが、夫と認識できなくなって「お父さん」と呼ばれるようになった男性は、父親を演じることを決めたという体験を表現しています。心の糸を結び直したことを表現しています。 このエピソードを聞いて、私は6年前に91歳で亡くなった母のことを思い出しました。母は70代後半、私が40代後半のころに認知症を発症しました。たまに様子をうかがいに父と暮らすマンションを訪れると、「ヘルパーがミシン糸を盗んだ」「(住民の)○○さんが夜中にチャイムを鳴らして逃げる」といつも話していました。当時の私は認知症を全く理解しておらず、「そんなわけないやろ!」と母をなじりました。あのとき認知症のことをきちんと理解できていれば、母と心の糸を結べたのかもしれません。 会場の京都新聞印刷工場跡はギャラリーではないため、入場料を設けることができません。世界報道写真展の開催資金を確保するため、クラウドファンディングを実施しています。
山本雅彦