世界報道写真展で日本の作品が入賞 「認知症の人の脳内に広がる光景」を再現した作品とは
連載第1部のテーマは「病ではない」でした。連載を担当したデスクがこのとき、「私たちは認知症をこういうふうに思っている」というメッセージを最初に出そうと提案して決まったそうです。新聞社では一般的に記者が書いた記事をデスクは過不足が無いか点検します。連載では方向性やテーマ設定などの助言をすることもあります。 世界保健機関(WHO)などの定義では、認知症とは、様々な脳の病気により、認知機能(記憶、判断力など)が低下して、社会生活に支障をきたした「状態」とされています。このように、認知症とは、人の状態を表す言葉で、アルツハイマー型や前頭側頭型といった原因となる病気はありますが、認知症という病気はないのです。まだまだはびこる認知症に対しての偏見や差別には、認知症に対する知識不足が大きく影響していると私自身、思っています。病ではない、というタイトルに込められた連載のメッセージを強く感じとりました。 私が特に興味を持ったのは、松村さんが認知症の人が見る世界を写真で表現していたことです。もし写真記者が認知症の人の取材をするとなると、彼らと時間を共にして日常の風景を切り取る、いわゆるドキュメンタリー的な手法を選ぶのが大半ではないでしょうか。一方で松村さんは認知症の人との対話から、その人が見たり感じたりした、いわば脳のなかに広がる光景を果敢に再現しています。 若年性認知症で写真家でもある京都市の下坂厚さんを取り上げた、2021年9月20日付京都新聞の1面や見開き14、15ページに掲載された写真は、連載のなかで転機となったものです。それまでカラーで表現していたドキュメンタリー的な手法から一転して、モノクロの「ステージド写真(Staged Photography)」といわれる技法を採り入れました。 写真家が映画監督のように演出して視覚化する手法で、1980年代以降は独立した写真表現のジャンルとして確立されています。松村さんは、下坂さんから、見当識障害で道に迷って自分がどこにいるのかわからない状況を「不安が連鎖して、ドラマのように周囲の喧騒(けんそう)が頭の中で大きくなる。頭が真っ白になる」と説明されました。そこで松村さんは、この不安感を表現するため、正面から強いストロボを被写体の下坂さんに当て、写真用語で言う顔が白く「飛んだ」仕上がりにすることで、場所の感覚や行き先の記憶がなくなり、道に迷った感覚を再現しました。「認知症の人が見る世界は様々ですが、この写真はあくまで下坂さんが見ている世界を下坂さんと一緒に再現したものです」と松村さん。下坂さんにもこの写真の話を聞きましたが、「普段から症状のことは周りの人に言葉では伝えていますが、本当に伝わっているのかという思いがありました。松村さんと撮影の話をしていくうちに、写真で表現できたらいいと思い協力しました。その後送られてきた写真を見て私の印象を伝え、さらに修正を加えて最終的にあの写真になりました」と話していました。