トランプ再び(2)ハリスの敗北-放棄されたリベラル路線
「リベラル」を捨てたハリス
民主党やその支持者の間では、「ハリスはリベラルすぎたから負けた」という分析が広がっている。ジェンダー差別や気候変動問題など、少数のリベラルな有権者しか関心を寄せない問題を重視しすぎて、一般的な有権者を遠ざけたというのだ。 しかし、こうした見方はハリスの選挙戦の実態に即したものとはいえない。確かに上院議員時代のハリスは、野心的な気候変動対策の共同提案者として知られ、リベラルさでサンダースらと並ぶ存在と見られていた(※5)。2019年、民主党の大統領候補を決める予備選への挑戦を表明した際には、刑務所や移民関税捜査局(ICE)の施設の収監者を含め、すべてのトランスジェンダー成人に対する性別適合処置を支持する立場も打ち出していた(※6)。19年に出版した自伝『私たちの真実―アメリカン・ジャーニー』では、トランプ政権の排他的な不法移民対策を強く批判し、「移民の国」アメリカとしての寛容性を保つことの大事さを主張していた。 これらリベラルな立場を、ハリスは選挙戦でほとんど放棄した。共和党は、LGBTQなど性的少数者の権利や不法移民に関するハリスの過去の発言をあげつらい、「過激なリベラル」と攻撃して中道派の離反をもたらそうとした。こうした状況で、ハリス陣営もリベラルな主張を降ろし、中道に主張を寄せた方が戦略として得策と踏んだのだろう。気候変動についてハリスは、バイデン政権が国内で記録的な石油・ガス生産量を実現したこと、環境リスクが指摘されるフラッキング(水圧破砕法)と呼ばれる採掘方法を拡大させたことを誇らしげに掲げた。不法移民問題については、南部国境の厳格な管理を打ち出し、トランプよりも強固に国境を守ると主張すらした。性的少数者の権利については、選挙戦でほとんど語らなかった(※7)。 ハリスへの熱狂が、トランプへの熱狂を上回れなかった原因の一つは、「リベラルすぎた」からではなく、ハリスの立場のブレ、その立場の変更について十分に説明できなかったこと、突き詰めれば、政策的な信念がなかった、あるいはあっても有権者を説得できなかったことにあるのではないだろうか。その結果、ハリスにリベラルな政策を打ち出すこと、少なくともリベラルさを維持した立場を期待していた人たちは幻滅を深めていった。対するトランプは、関税政策や不法移民の強制送還など、主張を一貫させており、自分の支持者がどういう政策や言動を求めているかもよく理解していた。 日本でも「格差の是正」といった長期的な課題より、まずは生活を少しでも楽にしたい、手取りを増やしたいという有権者の心情はいよいよ高まる。10月の総選挙で、「手取りを増やす」「扶養の上限を上げる」として、所得税の「103万円の壁」見直しを掲げた国民民主党が大躍進した背景にも、そうした有権者の心理があったといえよう。気候変動、選択的夫婦別姓や同性婚などのジェンダー平等の問題は「票にならない」がゆえに、選挙の主要な争点になかなかならない現状も、アメリカ大統領選に似たところがあるのかもしれない。 確かに民主主義や人権は、空腹を満たすことはないが、損なわれて初めてその重大さに気づくものだ。今回トランプは、もっぱら選挙の争点をインフレや不法移民問題、人々の暮らしや体感治安の問題に見定め、見事な勝利を収めた。この動きに追随する政党が、日本を含む世界各国に出てくるかもしれない。しかし、そのような世界は多くの人々にとって生きづらいものになるだろう。今回のトランプ勝利を受けて、「リベラルは時代遅れになった」とまで断ずるのは早急だ。地球環境や普遍的人権を掲げる主張が、選挙で人々に受けず、なかなか票にならないという事実は、決してこれらが不必要だということを意味しないのである。