世界から取り残された日本企業、一体どう変わればいいのか
いま求められる「企業価値創造」の視点
だが、有形資産投資で付加価値を創造することには限界がある。製造によって得られる付加価値は完成した製品の価値と投入したコストとの差で計られるが、これは新興国のように為替レートが低く、労働コストが低い国が圧倒的に有利だ。 米国は有形資産投資による付加価値創造に頼っていたのでは、為替レートや労働コストが自国より低い新興国に勝てないと考えて、無形資産投資による付加価値創造路線へとシフトしたのである。 米国などがデジタル基盤の整備に力を入れる中で、日本は開発途上国より技術力で上回る「ものづくり」へとのめり込んでいった。「高品質のモノを作れば売れるはずだ」という信仰に近い思いだが、1990年代以降に急成長したのは新興国のマーケットであった。 そこでは、消費者の所得は高くなく、「クオリティーの割には安い」という日本製品はオーバースペックとなったのである。熱帯の国にハイテクのセンサーで温度調節をするクーラーはいらなかったということだ。 一部の勝ち組企業もあったが、マーケットを取り込み切れず、新興国型のビジネスモデルからの脱却のチャンスも逃した。この結果、日本は現在に続く経済的衰退と国民の低賃金化を招くこととなった。 同じ時期、米国はデジタル技術に「情報の非対称性」をつくり出し、GAFAに代表されるデジタルプラットフォームやデータビジネスを成功させたわけで、1990年代半ばにおける日米経営者の判断の差はあまりに大きい。 この間に、世界の人々が望むものは高度な技術そのものではなくなったと言ってよい。1つの製品の性能がどんどん上がっていくことよりも、高度な技術によってこれまで無かった利便性や楽しさがもたらされることに注目が集まるようになったのである。工場を建設し、最新鋭の機械を導入して製品自体の性能や品質を向上させるだけでは、高付加価値化の実現は難しい。 無形資産による集約的産業は生産性が高いとの研究結果もあり、経済成長の中心は有形資産から無形資産に移りつつある。知的財産に代表される無形資産は、製品やサービスの差別化をもたらし、価格決定力を維持・強化させる。あるいは破壊的イノベーションを起こすことにもなる。国内マーケットの縮小に立ち向かうためにブランド力の強化を迫られる日本企業にとっては、なおさら無形資産への投資が急がれる。 一方、市場の縮小に対応するには、ブランド力の強化とともに資本の効率性を高めることも重要だ。利益を上げるのに、元手をいくら投じたのかが即座に分からないといったケースが少なくないが、「厚利少売」を追求していくにはこうした点への意識をしっかり持つことである。 最近、「ROIC」(Return On Invested Capital)という指標が注目されるようになってきている。株主からの出資(株主資本)や金融機関からの借入(有利子負債)による資金調達に対して、どれだけ効率的に利益を上げることができたかを測定するのに便利な指標だ。集めた金額が少ないのに、多くの利益を上げられれば数値は高くなる。すなわち、ROICとは事業に投下した資金からどれだけの利益(リターン)を生み出したかを示している。 勤労世代が減り、戦略的に縮んでいくべき時代にあっては経営資源を集中させていかなければならない。これまでの多くの日本企業に見られるような、経営の結果として企業価値が創造されるという考え方ではなく、企業価値を創造するためにどういった経営をすべきかという「企業価値創造」の視点が求められる。 つづく「日本人はこのまま絶滅するのか…2030年に地方から百貨店や銀行が消える「衝撃の未来」」では、「ポツンと5軒家はやめるべき」「ショッピングモールの閉店ラッシュ」などこれから日本を襲う大変化を掘り下げて解説する。
河合 雅司(作家・ジャーナリスト)