フォルクスワーゲンを追い詰めたドイツ政府のEV政策「右往左往」
市民に懸念を与える「朝令暮改」
日本では、時々「EVの時代は終わった」という論調も見られる。だが欧米では、中長期的には、モビリティの脱炭素化のためにはEVが主流になるという見解が依然として有力だ。欧州自動車工業会(ACEA)のルカ・デ・メオ会長(ルノー社長)は、「世界は、EVに向けて走り出している。もう後戻りはあり得ない。ただしEVは政策によって生まれた市場なので、政府の補助金による支援が不可欠だ」と語っている。 また米国フォード社のジム・ファーリー社長もドイツの日刊紙フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)の9月13日付電子版に掲載されたインタビューの中で、「EVシフトを野球の試合にたとえれば、まだ9イニングスの第1回だ。EV、内燃機関の車、ハイブリッド車が混在する期間は、現在考えられているよりも長くなるだろう」と述べ、世界の自動車業界のEVへの移行は始まったばかりという見方を示している。 現在ショルツ政権は、VWなどの自動車メーカーを苦境から救うために、産業用電力料金への上限設定、電力料金の内、電力を送るための費用(託送料金)を減らすための助成、内燃機関を廃車にしてEVを買う市民に対する廃車ボーナスの支給、購入補助金の復活などの案を検討している。 だがこれまでドイツ政府が見せたEV政策をめぐる朝令暮改は、多くのユーザーに強い懸念を与えている。ショルツ政権は、本当に交通部門のCO2削減を目指すのならば、違憲判決によって歳出削減を迫られた時に、慌ててEV購入補助金を廃止せずに、他の部門の歳出を減らすべきだった。多くの市民、自動車メーカーの経営者たちは、「政府はモビリティ転換を本気で推進する気があるのか」と首をかしげているに違いない。 不況のために、ドイツの実質GDPの成長率が去年に続き、今年も0.2%のマイナス成長になることを考えると、2020年から2023年まで続いたEVブームが、復活する可能性は低いと言えそうだ。VWグループは、政府の補助金に依存せずに、価格競争力を強化するためには、身を切るような厳しい改革を断行せざるを得ないだろう。
ジャーナリスト 熊谷徹