フォルクスワーゲンを追い詰めたドイツ政府のEV政策「右往左往」
EUや政府の指示で生まれた人工的な市場
だが2023年11月にドイツ連邦憲法裁判所が、ショルツ政権の過去の予算措置を憲法違反とする判決を下して、事態は一変した。同裁判所は、ショルツ政権が余っていたコロナ禍対策予算を、エネルギー転換の予算に流用したことを違憲と断定したのだ。このためKTFの資金の内、600億ユーロ(9兆6000億円)が無効になり、予算に穴が開いた。ショルツ政権は、エネルギー転換関連の歳出を削ることを迫られた。この際に白羽の矢が立った分野の一つがEVだった。 ショルツ政権は、EV購入補助金を少なくとも2024年末まで続ける予定だった。ところが同政権は、去年12月17日に、事前の予告なしにEV購入補助金を廃止した。この決定は、自動車業界だけではなく市民にも強い衝撃を与えた。 ドイツ自動車クラブ(ADAC)の統計によると、2023年12月に登録されたEVの新車の数は5万4654台だったが、補助金が廃止された後の2024年1月には、2万2474台に半減以下になった。今年8月のEV新車登録台数は、前年同期に比べて69%も減った。ドイツ自動車工業会(VDA)は、ドイツでのEVの新車登録台数が、2023年の52万4219台から、2024年には29%減って、37万2000台になると予想している。 EV市場は、消費者の要望で自然発生的に生まれた市場ではない。温室効果ガス排出量を減らすために、EUや政府の指示に基づいて生まれた、人工的な市場である。したがって、購入補助金なしに持続させることは、極めて難しい。
補助金がなければ「高嶺の花」
その理由の一つは、ドイツでのEVの高価格だ。ベルギッシュ・グラードバッハのモビリティ研究機関・ドイツ自動車マネジメントセンター(CAM)によると、2023年にドイツで登録されたEVの新車の平均価格は5万2700ユーロ(843万2000円)だった。EVの車種は、2022年の78車種から2023年には105車種に増えたが、割安の小型車が少ない。価格が3万ユーロ(480万円)以下のBEVは3車種だけだった。VWの代表的EVであるID.3の価格は3万9995ユーロ(639万9200円)で内燃機関のゴルフ(2万9275ユーロ=468万4000円)よりも約1万1000ユーロ(37%)高かった。 ドイツの中古車市場には、状態が良い内燃機関の車が豊富だ。たとえば約3万キロメートル走っただけのレンタカーなどが、新品同様の状態で、中古車市場に移って来ることがよくあるが、値段は新車の半分程度になる。だが2024年の上半期の時点で、中古車市場で売られていた車の内、EVはわずか6%にすぎない。これでは、EVは庶民にとって高嶺の花である。補助金がゼロにされたら、高価なEVを買う市民の数が減るのも無理はない。 自動車市場を専門とする経済学者フェルディナンド・ドゥーデンへーファー教授は、「購入補助金のカットは、破局的だ。1500万台のEVを普及させるという政府の目標は、夢物語だ」と述べ、ショルツ政権を厳しく批判した。 VWグループの大株主の一つであるニーダーザクセン州政府のシュテファン・ヴァイル首相も、9月25日に同州議会で行ったVW危機についての演説の中で、「連邦政府が去年12月にEV購入補助金を廃止したことは、失敗だった」と述べ、ショルツ政権の決定に強い不満を示した。 KBAによると、2024年1月の時点でドイツで使われていた乗用車4910万台の内、EVは約141万台。全体の2.9%にすぎない。補助金廃止によって、2030年までに1500万台のEVを走らせるという政府の目標達成は、さらに遠のいた。 2023年の販売台数の中にEVが占める比率は、VWグループで8.3%、BMWで14.7%、メルセデス・ベンツで11.8%と低い。