フォルクスワーゲンを追い詰めたドイツ政府のEV政策「右往左往」
販売台数の約33%を占める中国事業の不振
アントリッツ取締役のコメントの中で注目されるのは、彼が中国事業の不振を認めたことだ。同氏は、「中国でのシェアが減っているので、もはや中国からの利益によって、国内事業の低い利益率をカバーすることができない」と語った。 中国部門は、2023年のVWグループの販売台数の約33%を占めており、コア・ブランドに次いで重要な部門だ。VWグループの中国市場のシェアは長年にわたり首位だったが、去年の第1四半期に、初めて中国企業BYDに首位の座を奪われた。 不動産バブルの崩壊や若年失業者の急増により、中国では自動車の販売台数が減っている。唯一伸びているのはEVとPHEVである。だがVWは、中国の消費者が好むような割安のEVを開発するのが遅れた。 ドイツの経済日刊紙ハンデルスブラットは、8月16日付電子版で、「2020年からの4年間で、VWグループの中国での販売台数は43万台減った。VWグループの中国でのマーケットシェアは、19%から14%に減った」と報じている。かつてVWグループは、伝統的に強みを持つ内燃機関の車によって、中国でのEVの弱さを覆い隠すことができた。だがハンデルスブラットによると、中国で登録された新車の内、内燃機関の車が占める比率は、2020年の94%から、2024年上半期には59%に減った。中国では値引き競争と政府の潤沢な補助金により、EVの方が内燃機関の車よりも安くなっているからだ。 つまりVWグループは、稼ぎ頭だった中国からの収益によって、国内事業の低収益率を糊塗することが、困難になった。このためコア・ブランドにメスを入れざるを得なくなったのだ。
政府のEV拡大政策を信頼したVW
さてVWグループは、ドイツの自動車業界で、EVシフトに最も力を入れてきた企業だ。BMWやメルセデスがEVを経営戦略の中心に据えるのをためらっていた頃にも、同グループの経営陣は、「車の未来は、EVにある」と発言し、ポートフォリオの電化を急速に進めた。 同社は、2021年7月に発表した「ニュー・アオト」戦略の中で、2025年までに世界のEV市場のマーケットリーダーになるという目標を打ち出した。2030年までには、欧州でVWが売る新車の70%をEV、世界でVWが売る新車の50%をEVにする方針だった。 同社は2023年~2027年までの5年間に、研究開発に1800億ユーロ(28兆8000億円)を投資するが、その内電動化とデジタル化、電池の開発に68%を投じる予定だった。 この背景には、ドイツ連邦政府のEV普及政策があった。同国は、2045年までにカーボンニュートラルを達成することを目標にしている。オラフ・ショルツ政権が2021年12月に公表した連立契約書には、「2030年までにEVを1500万台普及させる」という目標が明記されている。これは、前のアンゲラ・メルケル政権が掲げた目標を踏襲したものだ。 ドイツで売られているEVは、内燃機関の車に比べて高価である。そこでメルケル政権は、2016年にEVを買う市民や企業向けの購入補助金制度を導入した。この補助金は、自動車メーカーと政府が支払った。それでも当初、EVの売れ行きは大きく伸びなかった。 転機は、2020年春にやってきた。コロナ禍が勃発し、ドイツの消費活動が急激に冷え込んだ。そこでメルケル政権は、景気浮揚策の一環として、EV補助金の内、政府の補助金の額を2倍に増やした。これ以降、価格が4万ユーロ(640万円)までのEVを買うと、政府と企業から最高9000ユーロ(144万円)もの購入補助金を受け取れることになった。 この措置は、ドイツにEVブームを引き起こした。連邦自動車局(KBA)によると、2019年に登録されたEVの新車の台数は6万3281台だったが、2023年には52万4219台のEVが新車として登録された。年間販売台数が、4年間で8.3倍に増えたのだ。 2019年の新車登録台数にEVが占める比率はわずか1.8%だったが、2023年には18.4%に増えた。逆にガソリンエンジンやディーゼルエンジンを使う車の比率は、2019年の91.2%から2023年には51.5%に減った。ちなみに購入補助金は、PHEVにも適用されたが、PHEVは化石燃料も使うことから補助金の額はEVよりも低く設定され、2022年12月31日に廃止された。政府は電池だけを使うEVを積極的に助成したのである。 ドイツ政府は2016年から2023年までに、213万台のEVとPHEVに約100億ユーロ(1兆6000億円)の補助金を投じた。財源は、気候保護・エネルギー転換基金(KTF)の2120億ユーロ(33兆9200億円)の資金だった。政府のEV拡大政策は、成功したかに見えた。ある意味で、経営戦略の中心にEVを置いたVWグループは、政府のモビリティ転換戦略をこの国で最も忠実に実行しようとした企業だ。