世界にたった26台! 4800万円で落札されたフランク・シナトラもオーダーしたギア「L 6.4」とは
米伊ハイブリッドの超高級クーペ「ギアL 6.4」ってナニモノ?
イギリスと並んで、世界最大のクラシックカー市場を有することで知られるアメリカでは、合衆国内ならではの、あるいはほかの開催国ではほとんど見る機会のないような、超レアなお宝に遭遇することもあります。今回の主役は、アメリカに由縁のある超レア車のひとつ。2024年1月25日にRMサザビーズ北米本社がアリゾナ州フェニックス市内で開催したオークション「ARIZONA 2024」に出品されていたギア「L 6.4」なる、ミステリアスな高級クーペをピックアップして、そのモデル概要とオークションレビューについて紹介します。 【画像】希少なフルオーダーメイド車! 本革レザーインテリアも美しいギア「L6.4」(全45枚)
アメリカ国内のイタリアブームから生み出された、セレブレティ向けのクーペとは
1950年代末から60年代初頭にかけて、アメリカではちょっとしたイタリアブームが巻き起こっていた。イタリアのファッションはもちろんのこと、音楽や美食、映画などあらゆるカルチャーがアメリカに流入し、とくに先鋭的な人々を魅了していたという。 それはクルマの分野においても変わらず、フィアットやアルファ ロメオはアメリカ好みのスポーツモデルを輸出することで、貴重な外貨を獲得することができた。そしてそのムーブメントはアメリカの「ビッグ3」をもつき動かし、この時代の合衆国全土で隆盛を極めていたモーターショーでも、イタリアのカロッツェリアを登用した、あるいはイタリア風のデザインを表現したコンセプトカーが数多く作られていた。 いっぽう、のちにデ・トマゾの関与でフォードの軍門に下ってしまうイタリアのカロッツェリア「ギア」は、1950年代からアルファ ロメオ、フィアット、ランチアのために軽量アルミニウム・ボディを製造したほか、フォルクスワーゲンとのコラボで「カルマン・ギア」を手掛けるなど、数多くの外国メーカーと協業したことで知られている。 そんなカロッツェリア・ギアと、デトロイトの車両陸送業者からスタートし、クライスラーの自動車販売ビジネスなどにも進出していた「デュアルモーターズ」社による最初のコラボレート作品は、1950年代のクライスラー・グループのデザインを率いていた名匠ヴァージル・エクスナーが主導した先進的なデザインワーク、とくに「ダッジ・ファイアアロー」コンセプト4連作から発展した「デュアル・ギアD-500」である。 もとよりギアのデザインワークにも影響を与えていたエクスナーと、その盟友たるギアの社主、ルイジ・セグレの手が加わるかたちで実現したD-500コンバーチブルは、同時代のギア製フェラーリを思わせる先鋭的かつ雄大なスタイリングに、定評のあるクライスラーのコンポーネンツを取り入れた意欲的なグランドツアラーとなるはずだった。 ところが1956年から1958年にかけて生産された台数は120台に満たず、デュアル・ギアD-500のビジネスは成功とはいえなかったようだ。