パレスチナ生まれのアダニーヤ・シブリー、ジャンルを超えるチョン・セラン…… 注目の作家10人
ノーベル文学賞受賞で、韓国の作家ハン・ガンに注目が集まった2024年の文学界。2025年注目の作家は誰か。書評家・倉本さおりさんに選んでもらった。AERA 2024年12月30日-2025年1月6日合併号より。 書評家・倉本さおりさんが選ぶ2025年注目の10人はこちら * * * タモリが「新しい戦前」という鮮烈な警句を世に送りだしてから2年。2024年のノーベル文学賞をアジア出身者では初となる女性作家が──なによりもハン・ガンという作家が受賞したことは、韓国で45年ぶりに発された戒厳令や世界の情勢を考えるうえでもすこぶる象徴的でした。 彼女の詩的で繊細な文体は、歴史の忘却と暴力に抗うため、そして社会の周縁でまさに消え入りそうになっている声をすくいあげるためにある。世界は今、そうした言葉を切実に必要としているのではないでしょうか。 例えばパレスチナに生まれ、現在はベルリンを拠点に執筆活動を行っている女性作家アダニーヤ・シブリー。深い洞察に満ちた文章は若くして高い評価を受け、1949年に実際に起きたベドウィンの少女のレイプ殺人をモチーフにした『とるに足りない細部』(山本薫訳)は国際ブッカー賞(21年)の最終候補にも挙がりました。加害者であるイスラエル軍の将校と、現代を生きるパレスチナ人の女性。二つの視点によって綴られる二部構成の物語から克明に立ちあがってくるのは、歴史というものの非対称な姿であり、目下の現実を蝕んでいる断絶の根源です。 ハン・ガンブームさめやらぬ中、24年の全米図書賞翻訳部門を受賞したのは日本統治下の台湾を舞台に描いた楊双子『台湾漫遊鉄道のふたり』(三浦裕子訳)。結婚から逃げ回っている食いしん坊の日本人女性作家が、美しくも謎めいた台湾人の女性通訳を相棒に、鉄道で各地をめぐりながら名物を食らい尽くす──じつにエンタメ要素満載の半面、綿密な史料考察に裏打ちされた手ごわい骨格も備えているのが特徴です。ショーケースのような愉しさと鮮やかさで読者を魅了する景色が中盤からじわじわ反転していくさまはぜひ味わってもらいたいところ。